ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

ウクライナに対する侵攻に関するロシアに対する制裁について②

まず英国におけるロシアに対する制裁についてであるが、この制裁は2018年に制定されたthe Sanctions and Anti-Money Laundering Act 2018[1](「英国制裁法」)が大元になっている。この法律は英国における制裁法の根拠法となるもので、この法律を根拠として2019年にthe Russia (Sanctions) (EU Exit) Regulations 2019[2](その後の変更を含み、「英国制裁規則」)が制定された。今般のウクライナに対する制裁もこの英国規則を改正することで対応している。さて、問題は英国制裁規則の適用範囲だ。英国規則3条にはいわゆる域外適用の場面が適用される。したがって、この条文に該当しない限り、英国規則は日本での営業活動に適用されないはずである。

英国規則3条には域外適用がされる場合として、大要、①United Kingdom personの域外での行為、②領海内での行為に対して適用されるとしている。まずは簡単に分かりそうな②について検討すべきであろう。海運業や航空業を除く多くの日本企業にとって②が問題になることはないだろう。①については、United Kingdom personが英国制裁法で定義されている。それによると、United Kingdom personに該当する法人は、英国法に基づき設立された法人(a body incorporated or constituted under the law of any part of the United Kingdom)とされている。この定義には、英国法人を所有する会社は含まれていないので、実はこの定義はかなり狭いものである。日本企業である限り、①に該当するリスクも高いとはいえないだろう。

さはさりながら、大陸法、判例法の国を問わず、多くの国で法人格否認の法理(Piercing the corporate veil)が認められている。この議論は、100%株主が法人格を乱用して、詐欺的行為をした場合に法人と株主を同一視するものである[3]。基本的に私人間の紛争において用いられる議論であるが、この議論を類推し、英国法人を有する日本法人が①に該当すると当局が主張するリスクを否定することはできないであろう。したがって、問題となっている取引に潜脱的要素があればいざしらず、潜脱的要素がない取引であれば、英国制裁法及び英国制裁規則が適用されるリスクは無視できるほど低いといってよいであろう。

 

[1] https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2018/13/contents/enacted

[2] https://www.legislation.gov.uk/uksi/2019/855/contents/made

[3] 特に判例法の国は各個別事案の解決を重視する傾向にあるので、当局の判断及び裁判所による判断は、大陸法の国に比べて、予見可能性が低く、常にリスクが伴う。