ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

開示資料から考えるツイッター社買収合意の解除の可否①

イーロン・マスク氏のツイッター買収提案の撤回が話題を呼んでいる。

マスク氏とツイッター社は、今年の4月25日、マスク氏によるツイッター社買収に合意していたが、報道によると、マスク氏はこの合意の撤回(解除)をツイッター社に通知したとのことだ。今回のエントリーではこの解除について検討してみたい。

まず前提として、アメリカの上場会社の買収案件の資料は、その多くがEDGAR(日本でいうEDINETのようなサイト)というシステムで開示されている。今回のマスク氏によるツイッター社の買収についても事細かに開示されており、EDGARでツイッター社を検索すると本買収に関連して提出された書類を一覧できる。これにはマスク氏とツイッター社が締結した契約(「本契約」)だけでなく、マスク氏がツイッター社に対して送付した解約通知(「本解約通知」)も含まれている。筆者は開示された資料の全てを確認したわけではないが、本契約、本解約通知、それと報道されている情報を総合して本契約の解約について検討してみたい。

関心がある読者がいるかもしれないので、以下に本契約及び本解約通知の原文のリンクも紹介しておく:

本契約はこちら

 

www.sec.gov

 

本解約通知はこちら:

 

www.sec.gov

 

まずはマスク氏がツイッター社に提出した解約通知を見てみよう。本解約通知を見ると、報道のとおり、ツイッター社がフェイクアカウントやスパムアカウントの情報を開示しないことが本契約第6.4項に違反することを主な理由(そのほかにも情報の正確性に関する表明保障違反等も主張しているが、これは付随的な主張となっているので、今回の検討からは捨象したい。)として、本契約の解除を主張している。その一部を引用すると以下のとおりである(一部の下線は筆者にて追加。以下引用部分について同じ。)。

"While Section 6.4 of the Merger Agreement requires Twitter to provide Mr. Musk and his advisors all data and information that Mr. Musk requests “for any reasonable business purpose related to the consummation of the transaction,” Twitter has not complied with its contractual obligations. For nearly two months, Mr. Musk has sought the data and information necessary to “make an independent assessment of the prevalence of fake or spam accounts on Twitter’s platform” (our letter to you dated May 25, 2022 (the “May 25 Letter”)). This information is fundamental to Twitter’s business and financial performance and is necessary to consummate the transactions contemplated by the Merger Agreement because it is needed to ensure Twitter’s satisfaction of the conditions to closing, to facilitate Mr. Musk’s financing and financial planning for the transaction, and to engage in transition planning for the business. Twitter has failed or refused to provide this information. Sometimes Twitter has ignored Mr. Musk’s requests, sometimes it has rejected them for reasons that appear to be unjustified, and sometimes it has claimed to comply while giving Mr. Musk incomplete or unusable information."

"合併契約第6.4条は、Twitterがマスク氏とそのアドバイザーに対して、マスク氏が「取引の完了に関連する合理的な事業目的のために」要求するすべてのデータと情報を提供することを求めていますが、Twitterはその契約上の義務を遵守していません。マスク氏は2カ月近く、「ツイッターのプラットフォームにおける偽アカウントやスパムアカウントの普及について独自の評価を行う」ために必要なデータと情報を求めてきました(2022年5月25日付けの弊社書簡(以下、「5月25日書簡」))。この情報はTwitterの事業と財務実績にとって基本的なものであり、Twitterが完了条件を確実に満たし、マスク氏の資金調達と取引の財務計画を促進し、事業の移行計画に従事するために必要なため、合併契約によって意図された取引を完了させるために必要なものです。Twitterはこの情報を提供しなかったり、拒否したりしました。Twitterは、マスク氏の要求を無視することもあれば、不当と思われる理由で拒否することもあり、また、マスク氏に不完全または使用不可能な情報を与えながら、要求に応じると主張することもありました。www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳。"

次に、本解約通知で問題になっている本契約の6.4条を見てみたい。少し長いが以下にその内容を抜粋する。

"Upon reasonable notice, the Company shall (and shall cause each of its Subsidiaries to) afford to the representatives, officers, directors, employees, agents, attorneys, accountants and financial advisors (“Representatives”) of Parent reasonable access (at Parent’s sole cost and expense) [...] to the properties, books and records of the Company and its Subsidiaries and, during such period, shall (and shall cause each of its Subsidiaries to) furnish promptly to such Representatives all information concerning the business, properties and personnel of the Company and its Subsidiaries as may reasonably be requested in writing, in each case, for any reasonable business purpose related to the consummation of the transactions contemplated by this Agreement

"当社は、合理的な通知の上、親会社の代表者、役員、取締役、従業員、代理人、弁護士、会計士および財務アドバイザー(以下「代表者」という)に対し、当社および子会社の財産、帳簿および記録に(親会社の費用と負担で)合理的にアクセスする権利を与えるものとします。 また、当社および子会社の事業、財産および人事に関して、本契約で意図された取引の実行に関連する合理的な業務目的のために、書面により合理的に要求されるすべての情報を、当該期間中、当該代表者に速やかに提供するものとします(各子会社にもそうさせるものとします)。www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳"

さて、これを前提にどのような主張・反論が考えられるだろうか。本解約通知によると、マスク氏は、スパムアカウント等の情報がfor any reasonable business purpose related to the consummation of the transactions contemplated by this Agreement(本契約で意図された取引の実行に関連する合理的な業務目的のため)に合理的に必要な情報であると主張していることが分かる。これに対して考えられるツイッター社の反論は、①事実の問題として、既に必要な情報は提供している、又は②契約の文言解釈の問題として、スパムアカウント等の情報はfor any reasonable business purpose related to the consummation of the transactions contemplated by this Agreement(本契約で意図された取引の実行に関連する合理的な業務目的のため)に必要な情報ではない、と反論することが考えられる。

①については、事実の評価の問題であり、十分な情報が開示されていないので筆者の立場からは評価することは難しい。では、②についてはどうか?まず" for any reasonable business purpose related to the consummation of the transactions contemplated by this Agreement(本契約で意図された取引の実行に関連する合理的な業務目的のため)"という文言が不明瞭であり、その外苑がはっきりしない印象を受ける。この文言は、多くの情報を請求できるようにしたい、しかし、契約締結時点ではどのような情報が必要か分からないからなるべく多くの情報が請求できるようにと、マスク氏の弁護士が用意した文言なのであろう。さて、マスク氏としてはツイッター社の利用人数はツイッター社の事業にとって極めて重要であるので上記の目的のために必要だ、といった主張をすることが考えられる。しかし、ツイッター社としては、この条項は取引の「完了・実行(consummation)」にために必要な情報を提供することを約束するものであり、それは典型的には当局に対する届出等に必要な情報を意味する。スパムアカウント等の情報が取引の「完了・実行(consummation)」に必要であれば、マスク氏は契約締結時にそれを特定すべきであったにもかかわらず情報開示に関するこの条項だけでなく、本契約の他の条項においてもそのような情報を特定していない。したがって、取引の「完了・実行(consummation)」のためにスパムアカウント等の情報は必要ではない、というような主張が考えられるだろうか。少しツイッター社に旗色が悪い主張であるが、いずれせよスパムアカウント等の情報が6.4条で提供が義務付けられる情報ではない、という主張が(事実に関する主張以外では)最初の防波堤になるだろう。

さらに、ツイッター社は、上記の主張に加えて、以下の第6.4項但書きに基づく反論をすることが考えられる。

"providedhowever, that nothing herein shall require the Company or any of its Subsidiaries to disclose any information to Parent or Acquisition Sub if such disclosure would, in the reasonable judgment of the Company, (i) cause significant competitive harm to the Company or its Subsidiaries if the transactions contemplated by this Agreement are not consummated, (ii) violate applicable Law or the provisions of any agreement to which the Company or any of its Subsidiaries is a party, or (iii) jeopardize any attorney-client or other legal privilege. "

"ただし、本契約のいかなる規定も、当社またはその子会社が、親会社または Acquisition Sub に対して情報を開示することが、(i) 本契約が意図する取引が完了しない場合に当社またはその子会社に著しい競争上の損害を与える、(ii) 適用法令または当社またはその子会社が当事者である契約の規定に違反する、または (iii) 弁護士・依頼人・その他の法的特権が危険にさらされると当社の合理的判断により判断された場合には、開示を要求しないものとします。www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳"

但書きとして、ツイッター社が情報提供義務が免除される場合が3つ規定されている。この中の最有力候補は(i)の適用であろう。すなわち、ツイッター社は、スパムアカウント等の情報を開示することは本契約が意図する取引が実行されなかった場合にツイッター社に著しい競争上の損害を与える、という主張である。しかし、実はこの主張も旗色が悪い。なぜなら、ツイッター社はスパムアカウント等の情報をこれまでに公表しているため、マスク氏に対してのみその数を開示することがツイッター社に"significant competitive harm "を与えると主張するのは難しいのだ。

こう見ると、(マスク氏が主張しているとおり本当にスパムアカウント等の情報を提供していないのであれば)契約違反か否かと言われるとツイッター社の反論が実は強くはないことが分かる。では、さらなる反論は考えられないか?これについては明日以降に更に検討することにしたい。続く。