ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

お詫びとしての「200円」じゃ気が済まない?-KDDIの通信障害に基づく補償について

仕事にかまけて、久しぶりの投稿になってしまった。高頻度でブログを投稿している人を尊敬しつつ、話題となっているKDDIの返金対応が公表(以下参照)されたため、今日はこの点について契約約款を確認しながら検討していきたい。なお、いつものことであるが、これは筆者の見解であり、筆者の所属する団体等の見解ではない。また、これは個別の法的助言ではなく、あくまで一般論である。

ご返金内容[1] 契約約款に基づくご返金

■対象のお客さま: 271万人 (KDDI) 7万人 (沖縄セルラー)

通信障害期間中 (注1)、24時間以上連続して全ての通信サービスをご利用いただけなかったお客さま (音声通信サービスのみをご契約のお客さま)

■ご対応内容: ご契約の料金プランの基本使用料等の2日分相当額をご請求額から減算

[2] 通信障害のお詫びとしてご返金

■対象のお客さま: 3,589万人 (KDDI) 66万人 (沖縄セルラー)

通信障害期間中 (注1) にスマートフォン、携帯電話およびホームプラス電話をご契約いただいていた全てのお客さま

■ご対応内容: ご請求額から200円 (税抜) の減算

  • 0は基本使用料が0円であることから、返金に替えてデータトッピング (1GB/3日間) を進呈

参考:https://www.kddi.com/?_ga=2.200461671.816703372.1659859202-1423574391.1659859202

なお、私の認識では、今回の通信障害は、VoLTE交換機や加入者管理データベース(HSS)が原因で生じたものであったため、多くのユーザーは音声通信ができなくなったものの、データ通信の利用はできたユーザーは一定数いたと理解している。今回はこの認識が正しいものとして分析していきたい(今回は不正確な事実認識があるかもしれない。もし間違っていたらコメントして欲しい。いずれにせよ、この分析は私の認識が正しいことを前提に進めたい)。

契約約款の内容

KDDIは各プランの契約約款を公表しているが、現在最も加入者が多いと思われる5Gの契約約款を見ていきたい。この約款には損害賠償については以下のような規定をおいている(抜粋。下線は筆者にて追加。)。

(責任の制限)

第 75 条 当社は、au(5G)通信サービスを提供すべき場合において、当社の責めに帰す べき理由によりその提供をしなかったとき[…]は、そのau(5G)通信サービスが 全く利用できない状態(その契約に係る電気通信設備によるすべての通信に著しい支障が 生じ、全く利用できない状態と同程度の状態となる場合を含みます。以下この条において 同じとします。)にあることを当社が認知した時刻から起算して、24 時間以上その状態が連 続したときに限り、その契約者の損害を賠償します。

2 前項の場合において、当社は、au(5G)通信サービスが全く利用できない状態にあ ることを当社が認知した時刻以後のその状態が連続した時間(24 時間の倍数である部分に 限ります。)について、24 時間ごとに日数を計算し、その日数に対応するそのau(5G) 通信サービスに係る次の料金の合計額を発生した損害とみなし、その額に限って賠償しま す。

(1) 料金表第1表第1(基本使用料等)に規定する料金[…]

(2) 料金表第1表第2(通話料)に規定する料金[…]

(3) 料金表第1表第3(データ通信料)に規定する料金(au(5G)[…]

(4) 料金表第1表第1(基本使用料等)に規定する海外ローミング機能に係る料金[…]

3 前項の場合において、日数に対応する料金額の算定にあたっては、料金表通則の規定に 準じて取り扱います。

4 […]

5 当社は、au(5G)通信サービスを提供すべき場合において、当社の故意又は重大な 過失によりその提供をしなかったときは、前4項の規定は適用しません

参考:https://www.kddi.com/extlib/files/corporate/kddi/kokai/keiyaku_yakkan/pdf/honbun_kddi_5G.pdf

通信障害が生じた場合にはKDDIに大きな損害が生じる可能性があるため、KDDIは上記のとおり、責任制限の規定をおいているのであろう。長い条文であるが、まとめると、以下のようになると考えられる。

①KDDIの「責めに帰すべき事由」があり、

②通信サービスが「全く利用できない状態」であり、かつ

③②が24時間以上連続した場合、

⇒KDDIは④「全く利用できない状態」の日数分の基本使用料等、通話料、データ通信料、海外ローミング機能に係る料金を支払う。

しかし、⑤KDDIが「故意または重大な過失」があるあるときは①から④の制限は課されない。

お詫びとしての200円の返金について

まずは、KDDIの「お詫び」がどこから来たのか、なぜ200円なのか不思議に思った方もいるだろう(かくいう私もそうだ)。これは、冒頭に記載した私の認識にかかわる。すなわち、本件の通信障害の期間中、データ通信の利用はできたユーザーが一定数いるということだ。このようなユーザーは、上記②の通信サービスが「全く利用できない状態」ではないので、契約約款上は補償の対象にならないこれを突き詰めるとこのようなユーザーには補償する必要がないことになる。しかし、流石に反発が大きいと予想されたため(私も怒る)、お詫びとしての200円を支払うことにしたのだろう。

では、200円はどこから来たのか?どうやらKDDIの会見内容によると、この金額は約款の規定を参考にしており、基本使用料の平均日割りが52円、障害があった3日間の総計で156円、これに44円の「お詫び」を上乗せした200円としたらしい。

KDDIはこの44円という数字はお詫びという説明をしているが、「通話料」分の補償の計算ができなかったという側面もあるように思う。すなわち、約款の規定を参考にするのであれば、データ通信だけが使えない場合、基本使用料等、通話料、及び海外ローミング機能に係る料金を補償の対象にするのが自然であろう。海外ローミング機能に係る料金は大勢に影響がないことから捨象しても問題なさそうであるが、通話料については補償すべきである。しかし、対象となる3,655万人の3日間分の平均通話料を計算するのは容易なことではなかったため、それを「お詫び」という形で補償したのではないか、という邪推もできる。

いずれにせよ、契約約款上は補償する必要がない金額を補償しているので、KDDIとしては誠実に対応しているということなのであり、金額感としても実は妥当なもののように思う。

契約約款に基づく返金について

上記①乃至③を満たしているユーザーが271万人いたということであろう。

少し気になるのは開示資料からすると、補償対象が「基本使用料等」としか記載されていないことだ。契約約款では、この他にも「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を支払うことになっている。これを対象にないということであれば、契約約款と異なる取扱いをしていることになる。KDDIがここで3日分の「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を出し渋ることは考え難く、これは開示資料のミスだということなのだろう(そう信じたい)。もしかしたら、開示資料でいう「基本使用料等」とは、契約約款の「基本使用料等」とは別の定義であり、「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を含んだ意味なのかもしれない。

なお、開示資料を見ると、この対象となるユーザーは200円以上の高額の金額が支払われそうという印象を受けると思う。しかし、会見によると、基本使用料の平均日割りが52円とのことなので、これに「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を加えたとしても大した金額ではないだろう。もしかしたら騙されたと思うユーザーがいるかもしれない。会見全体は見ていないが、この辺りはユーザーとの丁寧なコミュニケーションが必要になるところであり、対応を誤れば大きな問題にもなりかねないので注意したい。

とはいえ、とっても不便だったので、もっと請求したい…

ユーザーの中には補償金額に満足できない方もいるだろう。その場合、KDDIに「重大な過失」があったとして、損害賠償請求訴訟を提起することも可能だ。

この場合、ユーザーは、通信サービスが②「全く利用できない状態」でなくても、また、障害の期間が③「24時間」以内でも、生じた損害の④全額を請求することができる。すなわち、例えば、通信機能が使えなかったっため、ビジネスチャンスを逃したという損害、大事な人の最後の瞬間に立ち会えなかったという精神的損害も補償の対象に入りうるということだ。この場合、補償額は数百円といった単位ではなく、三桁、四桁、もしくはそれ以上の額の補償額となる可能性がある。

さて、問題はこの主張が通るかの見込みである。KDDIの会見によると、今回の通信障害の原因は、古い手順書を使ってしまったために通信機器のルーターの交換作業で設定ミスがあったことにあるとのことだ。これが「重大な過失」であればこの主張は認められ、そうでないなら裁判の手間は水泡に帰す。

これはあくまで私の肌感覚からになるが、KDDI側に「重大な過失」があったというのは少し難しそうだ。これまでの判例の立場を、誤解を恐れずに本件に適用すれば、「重大な過失」があったというためには、意図的に間違った設定をしたと同視できる程度の事情が必要だ。それには、古い手順書を使ってしまったというだけでは不十分で、これに加えて、例えば、手順書の管理がずさんであり、会社の中ではそれが問題視されていたにもかかわらず放置していた、というような事情が必要になってくるだろう。

したがって、もし私の元にKDDIを訴えたいという依頼者が来たら、ちょっと難しいかもしれませんね、という話をせざるを得ないだろう。

補償よりも大切なトップの姿勢

私が感じている空気感からすると、KDDIに「重大な過失」があるとして、訴訟を起こすケースは多くないようのではないか。なぜなら、今回は問題が生じたときのトップの対応が素晴らしく、通信障害自体は不便だったが、訴訟を提起する程KDDIに不満を募らせたユーザーは少ない(むしろ信頼感が醸成された?)と思われるからだ。トップが説明責任から逃げず、また複雑な技術的な話を自らの口で説明できた、というのは大きい。説明責任を果たさないのは論外であるが、例えば、自分は冒頭に陳謝するだけで技術的な話は部下の技術者が話すだけ、という対応だったら、結果は全く違ったはずである。企業の危機管理のお手本のような対応だったように思う。

今後どのような進展を辿るかは分からないが、危機が生じたときのトップの対応は多くの示唆を含むものであり、危機対応の素晴らしい事例であったと個人的には考えている。補償の話も実は法律上論点を含むものであり、今後の展開を見守っていきたい。