ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

13兆円の損害賠償の行方 - 東電旧経営陣が負う経営責任④

昨日のエントリーの続き:

 

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さて、今日は役員等賠償責任保険について書きたい。会社法は役員等賠償責任保険契約について締結手続き(例えば、東電の場合は取締役会の決議が必要)を定めているにとどまり、その具体的内容は保険会社と会社の間の契約に委ねられている。もっとも、その内容は事業報告書等に開示されることとなる(会社法施行規則第121条の2)。東電の開示資料によると、その内容は以下のとおりである。

4. 役員等賠償責任保険契約の内容の概要

当社は,会社法第430条の3第1項に規定する役員等賠償責任保険契約を保険会社との間で締結し,被保険者がそ の職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を当 該保険契約により塡補することとしております。ただし,被保険者が法令に違反することを認識しながら行った行為 に起因する損害は塡補されないなど,一定の免責事由があります。  当該保険契約の被保険者は当社の取締役及び執行役並びに東京電力リニューアブルパワー株式会社,東京電力フュ エル&パワー株式会社,東京電力パワーグリッド株式会社及び東京電力エナジーパートナー株式会社の取締役及び監 査役であり,保険料は当社が全額を負担しております。

引用:https://www.tepco.co.jp/about/ir/stockinfo/pdf/220526_1-j.pdf

 

ここからは多くのことが読み取れないが、免責事由として「法令に違反することを認識しながら行った行為 に起因する損害は塡補されない」という規定があることが分かる。これが一つの争点になるだろう。すなわち、報道によると、東京地裁はあくまで旧経営陣の「過失」を認めた、とされており、「法令に違反することの認識」までは認めていないように思われる。そのため、保険会社としてはこの規定を適用して支払いを免れることを試み、旧経営陣・会社としては、そこまでの認識はないと反論して、保険支払いを要求することになるだろう。

その他一般的な役員等賠償責任保険で免責対象となっているもので、今回適用可能性があるものとしては、「戦争、内乱、変乱、暴動、騒じょうその他の事変に起因する対象事由」(参考:https://tmn-do.jp/about/index01.html)が挙げられるだろう。福島第一原発の事故は、原子力損害の賠償に関する法律において原子力事業者が免責となる「巨大な天災地変又は社会的動乱」(原賠法3条1項但書)には該当しないと整理されているが、あくまでこれは原賠法上の議論であり、個別の保険契約の適用との関係では、この規定に該当するとの主張が認められる可能性もあるだろう。ただし、この規定の例示が戦争等の人為的な混乱であり、自然災害に起因する問題である福島第一原発の事故がこれに該当するかというと疑問符が残ることろである。

こうみると、保険があるから取締役は大丈夫だ、という議論すら怪しいことが分かる。

以上見てみた通り、取締役のリスクをとった経営判断を担保するため、会社法は様々なメニューを用意しているが、今回に限って言えば、いずれも機能しない可能性があり、取締役の十分なプロテクションにならない可能性がある。今回は原子力事故という社会的に大きな問題であったため、逆にプロテクションが働かない方がいいのだという議論も当然あるだろう。しかし、個人の意見としては、13兆円という天文学的数字を個人の責任とするのはいかがなものかと直感的に思う。13兆円は会社が被った損害の一部であるが、旧経営陣の過失と損害について相当因果関係があったのか、この点についてどのように裁判所が判断しているかは気になるところである。裁判所のトーンを見ると、東電旧経営陣の過失を叱責するもののようであるが、損害の範囲の算定において、旧経営陣に対する「懲罰的」又は「社会的な制裁」な思惑が入っていないのか、検討する必要があるだろう。なぜならば、日本の損害賠償法理は、あくまで損害補填であり、「懲罰」や「社会的な制裁」の文脈で語られるべきものではないからである。

いずれにせよ、この額の損害賠償が認められたことは画期的であり、今後の取締役の責任を考える上で重要な裁判例となるだろう。しかし、この裁判は今後も上級審で争われるはずであるので、今後の趨勢を見守りたいと思う。