ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

JIPによる東芝に対する公開買付けに関する契約の雑感①

はじめに

このブログでも紹介した東芝の非公開化の案件がついに一段落がついたようだ。これまでの報道からはJIPと政府系ファンドのJIC(正確にはその子会社のJICキャピタル)が争っていたようであるが、最終的にはJIPがスポンサーとなることで幕引きとなった。ここに至るまでの様々な憶測や報道からすると、本件は、二転三転・四転五転したようであり、関係者各位には心からの敬意を示したい。

 

さて、今日はJIPの東芝に対する公開買付け(「本公開買付け」)をリーガルの観点から少し解説してみたい。特に、開示資料を見ると、JIPと東芝は「本公開買付契約」なる契約を締結したことが分かり、開示資料から分かるこの契約の輪郭を説明したい。

 

本公開買付けの予告プレスはこちらから

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20230323_1.pdf

 

公開買付の予告プレス

 

まずは前提として、3月24日に開示された上記の資料は、公開買付けの開始を開示したものではなく、公開買付けの開始を「予告」するものだ。これは「予告プレス」と呼ばれており、法律上の位置づけは少しトリッキーなので、まずはこの予告プレスについて簡単に説明したい。

 

法令上、公開買付けの「開始」については開示が強制されているものの、公開買付けの「予告」については開示は強制されていない(※)。では、なぜこのような開示をするのかというと、独禁法等の対応のため多くの関係者を巻き込む必要がある場合、少数のディール部隊では対応できないので、公開買付けの「予告」を開示し、いわばディールを公にすることで多くの関係者を巻き込むためと一般的には言われている。

 

このように、一定規模以上の公開買付けにはおいて、独禁法等の規制法が絡むことが多いため、近年は「予告」プレスがする例も増えていると感じられる。例えば、KKRの日立物流に対する公開買付けにおいても「予告プレス」がなされている。

 

(※)なお、一般論として、「公開買付けの予告」が開示対象となっていないということを強調したかったため、このような書き方をしているが、本件で締結された「本公開買付契約」は、金商法及び東証規則のキャッチオール条項に該当するのは明らかであり、東芝からすると法令上の開示は必須と思われる。例えば、ベインの日立金属に対する公開買付けにおいては、ベインサイドは「予告」プレスはしていないが、日立金属は対象者の意見表明の「予告」プレスを行っている。これはベインサイドは上場会社でないため開示が強制されず、他方で日立金属は上場会社でありキャッチオール等による開示が強制されるため、このようなアンバランスな開示になったと思われる。

 

本公開買付契約

 

さて、本題の本公開買付契約についてだ。プレスから分かるのは以下の条項である。

1.概要

2.前提条件

3.表明保証

4.取引保護条項

5.その他

 

これらについて一つずつ見て、私の雑感を述べたいと思う。

 

1.概要

 

まずは概要、すなわちこの契約の主たる義務内容・目的について見ていきたい。

 

結論からすると、東芝がJIPに対して公開買付けを義務付けることが本公開買付契約の目的と考えられる。予告プレスの該当部分は以下のとおりだ。

 

本公開買付前提条件が成就していること(又は公開買付者が対象者との合意若しくは公開買付者の裁量により本公開買付前提条件を放棄していること)を条件として公開 買付者が本公開買付けを実施すること

 

このような公開買付けを義務付ける契約が締結されるのが一般的か?と問われると、ケースバイケースと答えようがない。ここはほかの実務家の意見も聞きたいところだ。ただ、冒頭で説明したとおり、独禁法等のクリアランスが問題にならない(=公開買付期間中に取得できる見込みが高い)案件ではこのような契約は締結されず、一気阿世に公開買付けを開始してしまうことが多いと思われ、そうではない案件ではこのような契約が締結されると思われる。

 

例えば、KKRによる日立物流に対する公開買付けにおいても、ベインによる日立金属に対する公開買付けにおいても、クリアランスが問題となる事例であるが、これらの案件でも、それぞれ「本基本契約等」・「本不応募契約」という契約の中でベインの公開買付けの開始の前提条件に関する合意をしているようである。以下、参考までに該当部分を転記する。

 

KKR→日立物流

なお、本基本契約において、本公開買付けの条件に係る事項、本公開買付前提条件、…競争法上のクリアランス取得に向けた努力義務、…従前の慣行に従った通常の業務の範囲内においてその業務を行うことに係 る努力義務、…等を合意しております。

 

ベイン→日立金属

本不応募契約において、本公開買付開始前提条件、公開買付者及び日立製作所に よる表明保証事項(注)、競争法上のクリアランス取得に向けた努力義務、公開買付者及び 日立製作所が本不応募契約に基づく自らの義務の不履行又は表明保証事項に違反した場 合の補償義務、自らに発生する公租公課及び費用の負担義務、秘密保持義務、契約上の権 利義務の譲渡禁止義務を合意しているとのことです。

 

2.前提条件

 

さて、この主たる義務の発生条件となる前提条件は以下のとおりだ。

 

本前提条件は、大要において、

①本クリアランスの取得、

②当社取締役会が、本公開買付けが実施される際に、(i)本公開買付けにおける当社株式1株当たりの買付け等の価格(下記「2.買付け等の価格」の箇所において定義します。)が一定の合理性を有する旨の言及を含み、(ii)本公開買付けに賛同する旨の意見を表明することを決議し、また、かかる決議が撤回又は変更されていないこと、

③当社取締役会が本公開買付けに関連して設定した特別委員会が、当社取締役会に対して、上記(i)及び(ii)を満たす当社取締役会としての意見を表明することは相当である旨の答申を行い、また、かかる答申が撤回又は変更されていないこと、

④本公開買付契約に定める当社による表明及び保証(注2)【筆者注:この点については3.で議論する】が、いずれも重要な点において真実かつ正確であること、

⑤本公開買付契約に基づき当社が遵守すべき義務(注3)の重大な不履行又は不遵守がないこと、

⑥当社及びその連結子会社を総体としてみて、その資産、経営又は財務状態に重大な悪影響が生じておらず、かつ、貸付実行不能事由((i)天災・戦争テロの勃発、(ii)電気・通信・各種決済システムの不通障害、(iii)東京インターバンク市場において発生した円資金貸借取引を行い得ない事由、及び(iv)その他上記(i)から(iii)までに準じる金融機関の責によらない事由のうち、これにより金融機関からの資金調達の実行が不可能又は著しく困難となったと第一順位のシニアローン貸出金融機関が客観的かつ合理的に判断するものをいいます。)が発生していないこと、

⑦当社の全ての取締役が当社に対して、本スクイーズアウト手続(下記「(2)意見の根拠及び理由」の「①本公開買付けの概要」の箇所において定義します。)の完了を条件として取締役を辞任する旨の辞任届を提出していること、

⑧当社の株主により、剰余金配当に係る株主提案がなされていないこと、

⑨本取引を制限又は禁止する政府機関等の判断等が存在しないこと、

⑩本公開買付けが開始されていたとするならば、本公開買付けの撤回が認められるべき事情が発生していないこと、

⑪当社に関する未公表の重要事実等が存在しないこと、及び

⑫2023年3月期末時点の当社の連結ネット有利子負債の額が、当社がその予想値として公表している金額を上回らないこと、から構成されます。

 

①については、当然だろう。独禁法等のクリアランス抜きに本公開買付けを実施してしまえば、該当国の法令上違法な公開買付けとみなされ、該当国の当局から本公開買付けを止められかねない。

 

②、③についても、公開買付けの案件であれば当然と言える対応であろう。対象者の取締役会が賛同意見表明を出さなければ同意なき公開買付けに近い色彩を帯びてきてしまうし、特別委員会の相当意見がなければコンフリクト等について疑義が生じかねない。④、⑤、⑨、⑩も、このような案件で通常合意される内容である。⑫は、本件固有の前提条件であるが、東芝としてはネット・デッドが予想値を上回らない自信があったのだろう。

 

さて、興味深いのは上記以外の前提条件だ。

 

まずは⑥のいわゆるMAC条項だ。このような案件では対象者側はディールの安定性を重視することが多く、それが候補者を選ぶ基準の一つとなることが多い。そのため、対象者としてはMAC条項に対する抵抗感が強い。対象者がコントロールできない事情によりディールがご破算になってしまう可能性があるからだ。しかし、東芝はMAC条項に応諾したようだ。

 

対象者の意見表明プレスをみると、2022年10月以降はJIP以外の実質的な候補者はいなかったことが分かる。したがって、もしかしたら同月以降は、JIPが交渉上優位な立場にあったのかもしれない。JIPの立場からすると、ウクライナ戦争、為替相場の乱高下と世相は決して安定しているとはいえないため、MAC条項は必須と思えるからだ。個人的には、MAC条項を勝ち取ったことはJIPの大勝利のように思う。これから何あれば、MAC条項を理由に本公開買付けの実施を取りやめることができる(少なくともその理由付けができる、ひいてはそれを理由により有利な条件を東芝から引き出しうる)からだ。

 

⑧については、剰余金配当がなされると、ネット・デッドの水準が変わり、エクイティ・バリューが変わるからということなのであろうが、剰余金配当に係る株主提案がなされるか否かは東芝としてはuncontrollableであり、これを認めるには抵抗感が強いのではないか?実務的には少額の剰余金配当であればこの前提条件をウェイブすることが握られているのかもしれないが、ここからも東芝に交渉力がなかったことが認められるようにも思える。私が東芝の代理人であれば、剰余金配当に関する株主提案にthresholdを付け前提条件になるべくヒットしないようにするか、CPにはせず、キャッシュが減った分についてのみ公開買付価額の変更を認めるような建付けにしたかもしれない。

 

⑦についても味わい深い。ここだけを見ると経営陣を一掃するようにも見えるが、「本公開買付け後の経営方針」をみると、これまでの経営方針を継続するとも記載されており、かつ、経営陣は現時点では決まっていないとの記載もある。これまでの経営方針を継続するのであれば、経営の継続性の観点から経営陣は残しておくべきにもかかわらず、経営陣は現時点では決まっていない。買収後の経営方針については不安を抱かざるを得ないような生煮えの開示になってしまっているが、この点は経営の根幹をなすところであり、関係者の合意がとれなかったのであろう。

 

なお、本取引後における公開買付者、公開買付者親会社、当社の役員に係る具体的な人選は本日現在において実施していないとのことです。…加えて、本取引後の当社の経営体制は、本取引後に当社との間で協議の上決定する予定であり、また、本取引後の公開買付者及び公開買付者親会社の経営体制については、本取引後、本関連ファンドと協議の上決定する想定であるとことです。公開買付者は、当社の取締役に対して、本スクイーズアウト手続の完了を条件として当社の取締役を辞任する旨の辞任届を提出することを求めていますが、これは、必ずしも当社の取締役の総入れ替えを意図しているものではなく、当社の取締役が本スクイーズアウト手続の完了を条件として辞任した上で、今後の公開買付者と当社との協議を踏まえて決定される新経営体制を発足させることを意図しているとのことです(そのため、辞任した上であらためて取締役に就任する者がいることもあり得るとのことです 。)。

 

少し長くなってきたので今日はここまでとし、明日以降に3.乃至5.について感想を述べたい。