ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

東芝を巡る物語 - 第二次入札までを振り返る

はじめに

スポンサーディールが話題になっているが、私のような田舎者からすると、スポンサーディールとはなんぞや?という感じではあった。そこで、スポンサーディールについて調べていたところ、東芝の案件にたまたま引っかかったのだが、なかなかこの案件は興味深い。今回は何もインサイトはないが、東芝の身売り(?)(実際には身売りではないのだと思うが、このエントリーでは分かりやすく身売りということにしたい)について開示資料に言及しつつ、簡単にまとめていきたい。

背景事情その1:東芝の不正会計

東芝の身売りは元を辿れば2015年の不正会計に始まる。(当時の)新日本有限責任監査法人が異例の業務停止命令をくらったアレだ。この問題は新日本有限責任監査法人からPwCあらた監査法人に会計監査人を変更することでいったんは収束したように見えた。しかし、その後、新しい会計監査人が選任されたからなのか、WHの巨額の損失隠し、米国子会社の循環取引等次々に不正会計が発覚する。これが東芝の業績不振(それに伴う東証一部からの降格)、そして今日の身売りの話にも繋がってくる。

東芝の不正会計については、以下の記事が非常によくまとまっている(また、今回のエントリーを書こうと思ったきっかけである)ので、興味がある方は是非ご覧いただきたい。

 

cpa-navi.com

 

背景事情その2:東芝の不透明な総会運営

もう一つ、今回の身売り話の背景として押さえたいのが東芝の総会運営の問題だ。話は2020年の定時株主総会に遡る。この定時株主総会において、議決権行使の計算方法が不当であり、また、一部の株主に対して東芝と経産省が結託して議決権行使に関して圧力をかけたことが問題視された。株主の要求に端を発し調査が開始されたが、東芝が自主的に行った調査では問題なし、株主側の調査では問題あり、これを受けて改めて東芝側が行った調査では違法性はないが、企業倫理的に問題ありと結論は二転三転する形となった。

これらの事件を踏まえ、東芝(又はその経営陣)に対する市場からの信頼は失墜していたといえる。

2021年4月:CVCからの買収提案

このような中で、まずは英国系のバイアウトファンドであるCVCが2021年4月頃に東芝に対して買収・非公開化の初期的提案を行った。同年4月9日の開示資料によると、かかる初期的な提案は、法的拘束力のないものであり、また各国競争法等のクリアランス取得が条件となっていたようだ(この「条件」が、「買収完了」の条件なのか、「提案が法的拘束力を持つ」ための条件なのか、定かではない)。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20210409_1.pdf

しかし、その約10日後、CVCは初期的提案を非公開化が東芝の戦略的目的に合致するかについての東芝の判断を待つため暫定的に検討を中止すると申し入れた。CVCは、東芝の株主構成が東芝の企業価値に悪影響を与えていると主張していたようである。これは上記「東芝のコーポレートガバナンス」のところで記載した内容に関連するが、東芝がいわゆるアクティビストファンドから株主アクティビズムの対象とされていたため、このような主張をしたのであろう。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20210420_1.pdf

2021年5月:戦略委員会の設置

これを受けたのか否かは定かではないが、東芝は2021年5月14日に取締役会による意思決定の支援を行う戦略委員会を設置することを発表した。公表資料によると、戦略委員会はステークホルダーとの対話、執行部からの提案の検証、戦略の執行部に対する推奨、及び株主に対する説明とされている。しかし、この後の戦略員会の活動をみると、実質的には東芝の身売り方法の検討が主たる活動内容だったように思われる。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20210514_3.pdf

2021年11月:戦略委員会の推奨を受けた3社分割案

2021年11月12日、東芝は自社を3つの独立会社とするスピンオフ計画を発表した。これは戦略委員会が5カ月の検討の末に策定された計画のようである。具体的には、インフラサービス事業及びデバイス・ストレージ関連事業をそれぞれ東芝からスピンオフさせし、東芝自体は半導体会社であるキオクシアと東芝テックの株式を保有する会社にするという計画のようであった。なお、キオクシアの株式は実務上可能な限り速やかに現金化し、手取金額を株主に還元することもあわせて発表している。

www.global.toshiba

www.global.toshiba

2022年1月:株主からの中止提案

しかし、この案に対して、株主から待ったの声がかかる。2022年1月6日、3D Investment Value Master Fundは臨時株主総会の招集を請求し、東芝が発表したスピンオフ計画について再検討するよう働きかけた*1

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220106_1.pdf

スピンオフ計画は戦略委員会が5カ月もかけて練り上げてきたものなので、当然、東芝はこれに反対する。もっとも、株主の意見を反対するのに先駆けて、2022年2月7日、東芝はスピンオフ計画を一部変更し、3つの会社にするという計画から、デバイス・ストレージ事業だけをスピンオフし、デバイス・ストレージの会社と東芝の2社を存続させる計画に変更していた。どのような背景で変更されたのか実際のところは定かではないが、このような大規模なスピンオフは日本初の試みであり、関係各所との確認の結果当初想定していなかった点が発見されたから、と東芝は説明している。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220207_3.pdf

そして、2022年2月14日、東芝は臨時株主総会を開催することを決定したことを公表し、同時に株主の提案には反対することも表明した。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220214_2.pdf

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220214_1.pdf

2022年3月:臨時株主総会の実施

満を持して開催された臨時株主総会であるが、残念ながら、戦略委員会の長期間の検討の甲斐なく、スピンオフ計画は株主に否決されてしまう。議決権行使結果を見ると、賛成が39.53%、反対が59.69%である。上場会社の組織再編議案が否決されることは稀であるにもかかわらず、今回は反対が10%も上回っている。このことからすると、スピンオフ計画は株主からの受けが悪かったと言わざるを得ないだろう。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220324_1.pdf

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/stock/meeting/pdf/tsm2022_extra.pdf

2022年4月:特別委員会の設置

戦略委員会の面目は丸潰れという感じだが、東芝は2022年4月7日に特別委員会というものを設置する。東芝内部で決めると市場からの反対の声が大きく収集がつかないと諦めたからか、特別委員会の設置目的は「潜在的な投資家やスポンサーとのエンゲージメントと戦略的選択肢の検討」とされている(ここまでいくと経営陣は気の毒としか言いようがないが、匙を投げてしまっている感じも見受けられ、少し残念であるのでは否めない。。)。さらに、この特別委員会は「ステークホルダーにとって最良の非公開化提案を特定します」としており、非公開化が前提となった検討しているように思う。非公開化がいつ既成事実となったのか開示資料からは不明確であるが(もしこの背景を知っている方がいたら教えて欲しい)、株主等から非公開化の圧力がかかり、それを飲まざるを得なかったのかと邪推してしまう。なお、特別委員会の設置をもって戦略委員会は解散している。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220407_1.pdf

これを受け、2022年4月21日から、東芝は、潜在的な投資家及びスポンサーとの協議を開始し、主にPEファンドから非公開化の提案を受け付けることを公表した。なお、提案の検討項目としては、提案価格、資金調達方法、競争法及び安全保障関連法の承認の蓋然性を含む取引実現の確度があげられている。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220421_1.pdf

2022年5月:一次入札

2022年6月30日、同年5月30日を期限としていた一次入札について、非公開化を前提とする提案を8件、上場維持を前提とする提案を2件受領した旨を東芝は公表した。次のステップに進む候補については、定時株主総会後に選定することを明確にしている。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220602_1.pdf

2022年7月:一次入札の結果/二次入札の開始

定時株主総会後の2022年7月19日、東芝は、一次入札の結果、複数の候補を二次入札に招聘したと公表している。東芝の開示では具体的な候補は記載されていないが、報道ベースによると、二次入札に進んだファンドは、官民ファンドの産業革新投資機構、イギリスのCVC、アメリカのベイン、カナダのブルックフィールドの4ファンドのようである。このうちブルックフィールドは上場維持を前提とした提案であり、他は非上場化を前提の提案であったようだ。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220719_2.pdf

まとめ

東芝の身売りについて、簡単にまとめてみたが、この担当者は死んでしまうのではないか?と思うくらい大変そうだ。今後は、基本的には二次入札に残っているとされているファンドから、主に買収価格と取引の実現の確度から、最も適切なファンドが選ばれるのであろうが(もしかしたらまた経産省からの横やりが飛んでくるのかもしれないが、、)、実現の確度からすると官民ファンドが最有力候補か、という感じであろうか。しかし、特別委員会で候補となるファンドを絞り込んだとしても、当初のスピンアウト計画と同様、アクティビストから臨時株主総会が招集され、最終候補の買収計画も株主総会で否定され、これまでの努力が水泡に帰すかもしれない。

明日はどうなるか誰にも分からない案件であるが、これまでの流れをまとめてみて、表と裏で血みどろの争いが繰り広げられているであろうことが改めて分かった。どうかすべてのステークホルダー(当事者でけでなく、関係しているアドバイザーを含む!!)がハッピーになる結論に着地することを願いたい。

*1:なお、少しテクニカルな話になるが、3D Investmentは臨時株主総会の議題として、スピンオフ計画を「実施する」という趣旨の定款変更を提案するとともにこの議題に反対の意見表明をしているが、これはそもそもかかる戦略的決定については取締役会が行うものであり、株主総会が行うものでないため、スピンオフ計画の再検討の決議は本来的には株主総会で実施すべきものではない。したがって、これだけを議題として臨時株主総会を招集することは法律上認められないとされる可能性があったため、定款変更という法律上株主総会で決議すべきことを提案しつつ、それに反対するというトリッキーな提案を行ったのだろう。