ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

米国弁護士の難易度 - 司法試験の難易度から就活の難易度まで

はじめに

最近、ある学生から、日本の弁護士ではなく、直接アメリカの弁護士になることについての相談を受けた。既に議論が尽くされているところではあると思うが、アメリカ(のいずれかの州)の弁護士になることについて、私の考えを書きたいと思う。なお、このエントリーの信頼性のために付言すると、一応、こんな私でもカリフォルニア州司法試験に数年前(遠い目)に合格している。

司法試験試験の難易度

全体感

小室圭さんのおかけで様々な議論がされているが、まずは司法試験難易度について・ツイッターを見ると、合格率が高いから簡単なはずだ、とか、逆に米国司法試験の合格者は日本人にとっては難しい(受験者の母数が東大卒のエリート弁護士ばかりだから日本人の合格率が高いだけで、本当は難しい)等々正反対の意見が散見される。どちらが正しいのだろうか?

この議論に結論を出すのはなかなかに難しいが、旧司法試験の択一合格レベル又は有名ロースクール既習合格程度の法律知識し、TOEFL100点程度の英語がある人であれば、合格の可能性は十分ある、というのが実情ではないだろうか。私自身のことについていえば、地方国立大学(一応旧帝大)を卒業し、ロースクールも東京の私立を修了しており、予備試験合格や学部又はロースクールが東大・京大といった華麗な学歴ではない。また、TOEFLも105点に届かいない程度であり、留学する人の中では至って普通な英語力だ。しかし、それでもll.m卒業後、2か月強の勉強で合格することができた。

分類別の難易度

米国の司法試験の難易度を的確に説明するのを難しくしているのは、米国の司法試験に合格するには、リーガルの能力と英語能力のいずれも必要となるが、この能力が「受験勉強開始の時点において」人によってバラつきがあるからだろう。日本における多くの試験は、専門知識の有無を問うものであり、基本的にそのような専門知識はないことを前提に難易度が図られている。スタート地点がみな同じでゴール地点でどれだけ遠いかが難易度の基準になっているというとイメージができるだろうか。しかし、米国の司法試験については、スタート地点が各自によって違うので、ゴール地点までの距離が人によって異なってくるのだ。

これを前提に、法律レベルと英語レベルの星取り表を作ると、以下のような整理となる。

 

法律

英語

該当例

1.

四大弁護士、外資系法律事務所の弁護士、日常業務で英語を使う法務部員

2.

×

いわゆる街弁

3.

×

日本で法学教育を受けていないが、日常業務で英語を使う方

4.

×

×

日本で法学教育を受けておらず、かつ、日常的に英語を使わない方

 

上記の表では、難易度順に並べており、1.が一番難易度が低く、4.が一番難易度が高い。また、少し補足しておくと、法律の「〇」は昔であれば旧司法司法試験の択一合格レベル(残念ながらおっさんは予備試験の択一合格レベルがどの程度の難易度が肌感覚がないので比較できません)、又は、有名ロースクール既習合格レベルのイメージで、英語の「〇」はTOEFL100点以上のイメージだ。

まず、法律のレベルについて。米国の司法試験も法律の試験だ。そのため、日本の司法試験の勉強もかなり役に立つ。米国のルールを覚えるときに、日本の法律との比較で記憶し、理解することができるからだ。例えば、私の例でいうと、日本法でなじみのないcommunity propertyという科目はかなり苦労したが、Contractsなどの日本法との比較で考えられる法律はすっと記憶し、理解することができた。また、法律文書の書き方に習熟しているのも強い。日本で法教育を受けている人であれば、各要件ごとにあてはめ、各要件の個別論点について、問題提起⇒規範定立⇒あてはめ⇒結論という一連の論証手順は寝ていてもできるはずだ。しかし、法教育を受けていない人にとって、このような論証手順をマスターするのでさえ四苦八苦するはずだ。日本で法教育を受けている人の答案は、ボロボロの英語でもなんとか法律文書の「体」を保つことができ、採点者も採点しやすい(点数を与えやすい)が、法教育を受けていない人の答案は、英語もボロボロだし、法律文書の「体」もなしていないので、どうしても点数が低くなってしまうのだ。

次に英語のレベルについて。弁護士の仕事は大量の文書を正確に早く読み込み、それを文書に落とし込むことが要求されるので(タイポだらけのこのブログから明らかなように、私はいずれも苦手(ドーン))、当然、司法試験でも大量の文書を読まされ、かつ、長い文書を書くことが要求される。したがって、司法試験の問題を解くには相当程度の英語力が必要になる。とはいっても、英語がペラペラ、ネイティブみたいに話せる、といったレベルまでは当然必要はない。元来日本人は話す聞くは苦手であるが、英語の読み書きは得意としているところであり、留学できる程度の英語力があれば問題なく、ll.mの期末試験を突破できる程度の英語力があれば十分と考えてもいいだろう。逆にいうと、TOEFLの点数との関係で留学ができていない方、日常的に英語を使っていない方にとっては米国司法試験の難易度はグッと上がることになる。

法律のレベルと英語のレベル、どちからが試験の結果に影響するかと言われれば、英語のレベルが一定水準(TOEFL100点程度)を超えれば、法律のレベルだろう。どんなに英語ができる人でも、法律を分かっていなければ合格できない。この試験にネイティブが何人も落ちるのはそれが理由だ。自分自身の経験を踏まえても、日本の法律の知識、法律文書の書き方を知っていたことはかなりプラスになったと感じている。

このことから、法律のレベルは十分だが英語のレベルが十分ではない人(2.)と、英語のレベルが十分だが法律のレベルが十分ではない人(3.)を比べた場合、3.の人の方が司法試験を難しいと感じるだろう。

なお、話題の小室圭さんは3.の位置付けられる人であり、やはりこのような人にとってはかなりのレベルの試験であることが分かる。

色々書いていたが、法律レベルも英語レベルも十分な方は世間では中々にレアであり(1000人に1人いるだろうか?いるか?)、All in allで考えると、一般的には難易度が高い試験と言えるだろう。もっとも、私に質問をするような学生は、法律の勉強をしており、英語のやる気もある方なので(1.の分類に入る又は今後入る可能性が高い)、当然そのような学生にしてみればそこまで難しい試験ではないということになりそうだ。

就職の難易度について

全体感

さて、晴れて合格したとしても、次にハードルになるのが就職の難易度だ。はっきり言ってこれは日本人(特に純ジャパ)にとってはかなり難易度が高いという印象だ。

ll.m生はお客様扱いされているので、ll.m生を戦力として見ている米国法律事務所は少ない(実質的には0に近い)と考えてよい。したがって、米国の法律事務所の米国オフィスで働くというオプションはかなりハードルが高い。私の尊敬する優秀な四大の友人でさえ、一応トライしていたが、撃沈していた。自慢ではないが、当然私も見事に撃沈している。

私の就活体験記

ここで少し私の個人的な体験をll.m生の就活例として書いてみたい。ロースクールでは複数回ll.m生を対象とした就職フェアのようなものを開催している。その就職フェアに参加する法律事務所又は国際機関は、希望する応募者の資質について明確にしている。例えば、M&Aバックグラウンド、●国籍保有者、●法資格保有者といった具合だ。この中でほんの少数であるが、日本人又は日本法資格保有者を対象としているところもある。私のときは150件中5件か6件あったかなかったかくらいだったと思うが、その多くが外資系法律事務所の東京オフィスであるが、国際機関やグローバルローファームの外国オフィスもほんの少しだけ募集していたと記憶している。

もちろん私は全て応募して全て書類で落ちた笑

四大の友人も同じように応募しており、いくつかの事務所については面接まで進んでいた(その中の一つにはニューヨークの超一流法律事務所もあったと思う)。しかし、(私から見たらとてつもなく優秀な彼でさえ)英語面接では十分に力を発揮できなかったようで、桜は咲かなかったようだ。

私はカリフォルニア州司法試験合格後もこの資格を活かした仕事をエージェント経由で探したが、現実はそう甘くなかった。まず米国で働くためにはビザが必要になるが、そのビザをわざわざ日本人のために用意する法律事務所はほとんどないようである。また、日本企業の米国オフィスの法務部も選択肢に入るのではないかと思ったが、そのような企業はアメリカでの実務経験がある人を求めているので、アメリカでの実務経験がないままそのような企業に就職するのは一般的にはかなりハードルが高いようだ。エージェントが言うにはもちろんご縁次第で、英語がネイティブレベルにできるのであれば、日本企業の海外オフィスに採用されることもあるようだ。

可能性があるとしたら、外資系法律事務所の東京オフィスだ。東京オフィスでも米国法資格者の求人を出すことがある。例えば、Youtubeを見て知ったが、Shearman & Sterlingの勝山先生は、日本の法曹資格は有していないが、コロンビア大学のll.m卒業後、ニューヨーク州の弁護士として同事務所の東京オフィスで働き始めたようだ。また、それ以外にも、ごく少数であるが、ll.m卒業後、日本の外資系法律事務所の東京オフィスで働き始めた人も個人的に知っている。なお、私が勝山先生を知ったYoutubeはこちら。

www.youtube.com

ご覧のとおり、Super格好いいSuperウーマンだ(気軽に勝山先生の例を出したが、改めて見返すと、このレベルを求めるのは中々酷なように思えてきた苦笑)。なお、このYoutubeのもう一人のゲストであるひなこ先生もロースクールのときから大量のレジュメを米国の法律事務所に送り、その後米国のPublic Sectorで働ているらしい。日名子先生もエネルギッシュですごい。。

なお、日本の留学者は年齢層が高いので年齢面が気になる方もいると思う。アメリカでは年齢は見ないので名目上そこはマイナスには働かないはずである。しかし、実態はどうなっているかは不明であり、採用する法律事務所としては、やはり兵隊として働いてくれる若手の方が採用しやすいのではないかと個人的には訝しく思っている。

なお、J.D.となると話は違うだろう。私の知り合いでも、J.D.卒業後、米国の有名法律事務所の米国オフィスで働いている人を数人知っている。しかし、いずれもそれなりにシニアな方であり、当時は米国法律事務所もJapan Deskを持っており、一定の日本人を必要としていたらしく、その波に乗り、就職したらしい。彼らが就職した頃と今の日本の経済におけるプレゼンスは異なっているため、今日現在、就職しようとしたら、ロースクールで成績優秀賞を取得する等のプラスアルファが必要になるかもしれない。

就職後の生活について

最後にお給料事情について。ご案内のとおり、米国トップファームの事務所の給料は公開されており、その額は流石の一言。1年目から額面なんと$215,000!日本円にして、27,950,000円。。これは夢がある。。しかし、友人に聞いてみると、このくらい稼ぐと税金も高いし、アメリカでは家賃を含む物価も高い。国民皆保険制度ではないので、高い健康保険に入る必要があるし、実際には保険は支払わないことは多々あるので医療費の積み立ては不可欠。それだけではなく、年金も個人任せなので将来のための積み立ても必要、といった感じで、そこまで贅沢できる訳ではなさそうだ。あくまで個人的な見立てであるが、日本でいうと1000万円程度の収入の人と同じような生活レベルのような気がする。これは私はごく限られた知見なので私の見立ては信用ならないが、額面ほどリッチな感じではないかもしれない、というのは覚えておくといいかもしれない。

www.chambers-associate.com

まとめ

以上をまとめると、アメリカで弁護士になるためには、司法試験と就活の2つのハードルがあるが、一つ目のハードルは法学徒であれば超えられそうだが、2つめのハードルはちょっと中々にハードルが高そう。J.D.ルートで行くと2つめのハードルも超えられそうだが、実際に働き始めてもそこまでウハウハという感じではない。むしろ、J.D.で勉強する3年間という時間、また1年1000万円に迫る勢いの学費を考えると、そこまでコスパのいいルートではないように思えてくる。それであれば、頑張って予備試験に受かって、四大や外資系法律事務所に就職する方がコスパがいいキャリアのように思えてくる。

ということで、私の学生へのアドバイスは予備試験に頑張って合格して日本のエリート法律事務所に行く方がコスパがよさそう、しかし、海外に強い憧れがあるのであれば膨大な借金覚悟でJ.D.に挑戦するのでもいいのではないか、というところだろうか。

しかし、若いというのは本当に素晴らしいことだ。彼・彼女らの未来は無限に広がっている。私の未来は悲しいことにかなり限定されてしまっている感がでているが、もうひと踏ん張り、ふた踏ん張りしてキャリアをどうにか切り開いていきたい。