ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

オイシックスによるシダックスに対する異例な公開買付け - 創業家一族とユニゾン/シダックスの対立?

はじめに

オイシックスがシダックスに対してディスカウントTOBを開始した。通常、ディスカウントTOBは特定の第三者から株式を取得することを目的として実施されるものである。そのため、公開買付けを開始する前に、公開買付者は特定の第三者との間で、公開買付けを開始したら当該公開買付けに応募することを約束する応募契約を締結する。しかし、この案件ではこの応募契約を締結せずに実施されたものであり、かつ、応募契約の締結を拒否したのが日本の有名PEファンドであることから、注目を集めている。法律的にも興味深いところがあったので、なるべく簡単にこの件について書いてみたい。なお、公開買付届出書についてはこちら参考にされたい。

https://tyn-imarket.com/pdf/2022/8/29/140120220829525435 

背景

この案件の発端は、2019年に遡る。2019年5月、日本の一流PEファンドであるユニゾンファンドはシダックスに出資し、業務提携を開始した。

https://www.shidax.co.jp/cms/wp-content/uploads/2019/09/1217.pdf 

今回、オイシックスが取得することを企図している株式は、上記の出資によりユニゾンが取得したシダックスの株式(優先株式)である。これに関し、オイシックス及びシダックスは、2022年6月29日、シダックスがユニゾンが保有する株式を取得すること、その背景としてユニゾン及び創業家株式の間で締結されている株主間契約に基づき創業家がユニゾンに対してシダックスに対してユニゾンが保有する株式を売却するよう請求したこと、及び、オイシックスによる当該株式の具体的な取得方法については検討中であることを公表した。

https://www.shidax.co.jp/cms/wp-content/uploads/2022/06/%E5%BD%93%E7%A4%BE%E3%81%AEB%E7%A8%AE%E5%84%AA%E5%85%88%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E5%8F%88%E3%81%AF%E6%99%AE%E9%80%9A%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E3%81%AE%E5%8F%96%E5%BE%97%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E9%80%A3%E7%B5%A1%E3%81%AE%E5%8F%97%E9%A0%98%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf

https://www.oisixradaichi.co.jp/wp-content/uploads/2022/06/67e81e88ad6affcbfaa0d675434198a7-1.pdf

今般、この具体的な方法として、公開買付けが選択され、オイシックスが公開買付けを開始した。このことはシダックスのプレスリリースからも明らかである。

https://www.shidax.co.jp/cms/wp-content/uploads/2022/08/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%BD%93%E7%A4%BE%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E3%81%AE%E5%85%AC%E9%96%8B%E8%B2%B7%E4%BB%98%E3%81%91%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B.pdf

したがって、ここまでは巡航運転だったが、上述のとおり、この公開買付けにおいては応募契約が締結されていなかったのだ。

ユニゾンが応募契約を締結しなかった理由

公開買付届出書によると、ユニゾンが応募契約を締結しなかった理由は以下のとおり説明されている。

ユニゾンファンドとしては、(i)本株主間契約上の本売却請求権が、「適用法令上許容される限 度において、かつ適用法令に従って」行使することができるとされているところ、対象者が公開買付者以外の複数のアライアンス候補先とフードサービス事業における協業について検討を行っており、かかる検討の事実は対象者に関する未公表の重要事実(法第 166 条第2 項)に該当する可能性が高いこと、公開買付者も創業家(志太勤一氏及び志太勤氏)を通じ て当該検討の事実を認識していることから、公開買付者は、対象者に関する未公表の重要事 実(法第 166 条第2項)を認識しており、公開買付者による対象者株式の取得は法 166 条の インサイダー取引規制に違反する可能性が高いため、本売却請求権の行使は「適用法令上許 容される限度において、かつ適用法令に従って」に該当しないことを理由に、ユニゾンファ ンドは本株主間契約上の売却義務を負わず、本公開買付けへの応募義務も負わないと考えて いる旨の見解が示されております。また、(ii)ユニゾンファンドとしては、対象者が賛同し ないような公開買付けへの応募はしかねる旨の考え方が示されており、対象者による賛同意見が表明されない限り、本公開買付けへの応募はしないことを想定しているようです。

少し話は遡るが、2022年6月にオイシックスがユニゾンが保有する株式を取得する背景として、創業家とユニゾンの間の株主間契約(「本株主間契約」)に基づき創業家がユニゾンに対して株式を売却するように請求したと説明した。ユニゾンが応募契約を締結しなかった理由は、この売却請求に関連する。すなわち、開示資料によると、本株主間契約によると、かかる売却請求権は「適用法令上許容される限度において」のみ行使できるところ、今回の公開買付けはインサイダー取引に該当する可能性があり、「適用法令上許容される限度」を超えるため、売却請求権の行使は認められない、というのが第一の主張である。

第二の主張は、オイシックスが賛同しない公開買付けには応募できない、としか記載されていない。この点については、対象者が賛同しない公開買付けに応募するケースも当然あるのであるため(例えば、敵対的買収における公開買付けに応募するが挙げられる)、もう少し説明が欲しかったところだ。だが、開示資料からもう少し深読みすると面白いことが分かってくる。オイシックスは創業家と公開買付け後におけるオイシックスとシダックスとの間の業務提携の検討に関する協力等に ついて定めた覚書を締結しているようである。創業家はあくまで創業家であり、シダックスではない。通常であれば、このような覚書は「シダックス」とオイシックスの間で締結される。それが創業家と締結されたとなると、シダックスの内部で創業家とそれ以外の執行が対立していると考えられるだろう。このうち、創業家はオイシックスと、執行はユニゾン側についているのだろうと推測ができる。

これを前提に取締役の構成を見てみると、全6名のうち創業家が2名、ユニゾン出身者が1名となっている。今回の公開買付けに賛否については、創業家・ユニゾン出身者は関係しているので、保守的に残りの3名で決定することとなる可能性がある。この3名は創業家側にはついていないと思われるため、公開買付けに反対する可能性もある。事実、シダックスは今日現在まで公開買付けに対して、検討する旨の公表をしているが、明確な意見を表明していない。

2022 年6月 29 日公表の「当社の B 種優先株式又は普通株式の取得に関する連絡の受領 について」に記載の通り、当社のフードサービス事業の成長戦略として複数のアライアンス候補先との 協業の検討を進めていく上で、本公開買付けが、今後の協業先の検討に与える影響を評価する必要があ り、また、少数株主の利益拡大に資するかどうかについて慎重な判断が求められる中、本日現在、当社 取締役会の本公開買付けへの賛否の表明および株主の皆様への応募の推奨・非推奨の結論が出ていない 状況です。

参考:https://www.shidax.co.jp/cms/wp-content/uploads/2022/08/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%BD%93%E7%A4%BE%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E3%81%AE%E5%85%AC%E9%96%8B%E8%B2%B7%E4%BB%98%E3%81%91%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B.pdf

 

オイシックスの反論

これに対するオイシックスの反論もみておこう。

公開買付者としては、(i)インサイダー取引規制違反の点に関して、対象者における公開買付 者以外の複数のアライアンス候補先とのフードサービス事業の協業に関しては、当該協業の 検討に関する事実の公開買付者による認識時期及びその経緯については対象者との間で認 識の相違があるものの(注7)、いずれにしても本日現在においては対象者の取締役会におい て具体的な他社提案等を検討している事実はなく(注8)、対象者に関する未公表の重要事実 (法第 166 条第2項)には該当しない旨を、創業家(志太勤一氏及び志太勤氏)から伺って おり、その他対象者に関する未公表の重要事実に該当する事実は認識していないことから、 本公開買付けに関する公開買付者のリーガルアドバイザーである三浦法律事務所からの助 言も踏まえ、公開買付者による本公開買付けを通じた対象者株式の取得がインサイダー取引 規制に反する事情はないと考えております。また、(ii)対象者による公開買付けに対する賛 同表明を前提とする点に関して、創業家によると、創業家は、ユニゾンファンドが、創業家 による公開買付者を創業家指定譲受人に指定する内容の本売却請求権の行使の結果、ユニゾ ン4号組合が所有する対象者株式 12,230,079 株(所有割合:22.34%)の全て、及び、Unison IV ファンドが所有する対象者株式 2,562,880 株(所有割合:4.68%)の全てを公開買付者に 対し売却する契約上の義務を負っていると考えているとのことであり、対象者による本公開 買付けに対する賛同表明が売却義務の前提とはなっていないとのことです。

ユニゾンの「インサイダー取引」に該当する可能性があるとの主張については、インサイダー取引には該当する可能性はないと反論している。ユニゾンの賛同意見表明の主張については、賛同意見表明は売却義務の前提になっていない、すなわち、ユニゾンの応募契約を締結しない理由付けは理由付けにそもそもなっていない、と反論している。

どちらに理があるのか

まず、インサイダー取引の点についてである。これは、ある買い手候補によるシダックスに対するそのフードサービス事業の買収の提案が、インサイダー情報にあたるものではないか、というのが論点になっているようである。このような会社買収の事案は会社に与える影響が大きいため、インサイダー情報に該当する可能性があるところ、これについて、オイシックスは、フードサービス事業に売却に関するシダックスの機関決定はないし、すでにこの点については検討を止めるとの機関決定がなされていると主張している。1点目の主張については、機関決定の有無はインサイダー情報の該当性には直接に関係しないので、於いておく。2点目については興味深いので以下のような主張をしている。

2022 年8月 19 日、対象者の取締役全員及び監査役全員が参加の取締役・監査役宛て報告会が開催されたとのことであり、 対象者の代表取締役会長兼社長である志太勤一氏によれば、当該報告会において、 志太勤一氏より、公開買付者以外の複数のアライアンス候補先とのフードサービ ス事業の協業に関しては、これらのアライアンス候補先による提案が撤回され、 又は真摯な提案ではないことが判明したため、現時点では各社の提案はインサイ ダー情報ではないと整理できると考えていることや検討に値しないと判断して いる旨報告したとのことであり、その旨当該報告会の議事録にも記載されている とのことです。

どうやら、このフードサービス事業の売却に関しては、創業家の志太勤一氏が取締役会に報告せず進めていたらしいが、上記の文からは、その実務担当者が検討に値しないと取締役会で報告しているようだ。ユニゾン・執行側が主張するようにこの事実の一つをもってインサイダー情報該当性を完全に否定することは難しい。しかし、一歩引いて考えると、取締役会に上程されていない買収事案を実務担当者が中止判断した事案ということができ、そのような場合、実務家の感覚としては、インサイダー情報に該当しないと考えるのが多数なのではないか。したがって、ユニゾン・執行側のインサイダー取引に該当する可能性があるという主張は強いものとはいえない。

そうなると、ユニゾン・執行側は本株主間契約に基づく売却請求を断る理由がなくなってしまう。その場合、売却請求権の条件となっていないシダックスの賛同意見がないからといって、売却請求権を否定することは法的には難しいだろう。すなわち、ユニゾンの賛同意見表明がでないと売却はできないという主張も、この場合は、強いものとはいえない。

今後の見通し

仮にユニゾン・執行側が徹底抗戦に出た場合、創業家は法廷闘争に持ち込むだろう。タイミングは読みがたいが、例えば、9月12日に執行側が反対意見表明を出した後に契約の履行を求めて訴訟を提起することや(なお、このような保全の訴えは法的側面からどのように執行するのかというとても興味深い問題を含んでいるが、今日の議論とは少し外れるので、この点は別のエントリーで書きたい。)、公開買付期間終了後、応募がなかったことを理由に訴訟を提起することが考えられる。この訴訟において、開示資料を正とするのであれば、ユニゾン・執行側に理はあまりないように思われ、訴訟の見通しは決していいとは言えない。

では、このような状況にも関わらず、ユニゾン・執行側は徹底抗戦にうってでるだろうか。執行側の意図は図りかねるところがあるが、ユニゾンについてはそこまでの行動はしないのではないか。ユニゾンからすると、このような一か八かの訴訟を誘発するような行動は、ファンドの資金提供者との関係から難しいと思われる。訴訟で勝った場合であれば問題ないが、負けた場合投資効率が落ちることはもちろんのこと、レピュテーションの問題から次回のファンドレイズが難しくなるというファンドビジネスにおいてもっとも重要な部分に傷がつく可能性もある。また、ユニゾンは対象となっている株式について40億円で取得しているところ、公開買付けに応募した場合は約80億円(8,002,990,819円)で売却することになる。この取得価格と売却価格の差だけでも年利26%程度で回したことになり、これに配当を加えれば、ファンドとして合格点な投資であろう。

そう考えると、ユニゾンとしては、上記のようなリスクを冒してまで強硬姿勢を貫くことは考え難い。ユニゾンとしては意に沿わないイグジットのタイミングと売却額だろうが、公開買付けに応募しないという選択肢はないのではないか。

本件は、9月12日までになされるシダックスの意見表明を起点として今後更に展開していくと考えられる。シダックスの意見表明は要注目であろう。