ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

オイシックスによるシダックスに対する異例な公開買付け② - シダックスの反対意見表明

はじめに

私の予想は見事に外れ(笑)、シダックスはオイシックスからの公開買付けに対して反対の意見を表明した。反対意見を読むと新たに判明する事実も多く、また、法的に中々におもしろくなってきたので、今日はこの件について少し書いてみたい。

https://www.shidax.co.jp/cms/wp-content/uploads/2022/09/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%BD%93%E7%A4%BE%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E5%85%AC%E9%96%8B%E8%B2%B7%E4%BB%98%E3%81%91%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E8%A6%8B%E8%A1%A8%E6%98%8E%EF%BC%88%E5%8F%8D%E5%AF%BE%EF%BC%89%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B.pdf

本件に関する過去のエントリーはこちらから

 

businesslaw-diary.com

 

反対意見で判明した新たな事実を踏まえた本件の経緯

反対意見で判明した新たな重要な事実を踏まえると、本件は大要以下のような事実経緯を辿っているいるようだ。

・2021年3月下旬から、シダックスは、オイシックスとの間で、オイシックスとの間での業務提携を模索し、交渉していた。オイシックスとは全面的な業務提携も検討していたが、2022年4月下旬から5月下旬で行われた交渉を踏まえ、シダックスのフード関連事業の買収という方向でまとまり、オイシックスは当該事業のデュー・ディリジェンスも行っていた(なお、このデュー・ディリジェンスは本覚書が締結された6月下旬ころに中断されている)。

・同時期、シダックスは、別の提携先候補(「アライアンス候補A」)とも業務提携について交渉しており、並行してアライアンス候補Aともフード関連事業の売却について協議していた。また、時期は不明であるが、別の1社(「アライアンス候補B」)ともフード関連事業の売却について協議していた。

・同年6月27日、シダックス創業家は、オイシックスとの間で覚書(「本覚書」)を締結し、ユニゾンとの株主間契約に基づき、オイシックスを譲受人としてユニゾンの保有する株式を売却するように請求すること及びオイシックスと業務提携契約を締結するよう最大限努力すること等を約束した。また、同日、ユニゾンに対して売却請求権を行使した。

・同年6月30日、シダックスは、アライアンス候補Aから、シダックスの時価総額(313億円)を相当程度超える金額でフード関連事業を買収する初期的提案を受けた。

・同年7月初旬、オイシックスはシダックスに対して公開買付けを実施する意向であることを伝えた。

・同年8月19日の取締役会において、創業家かつシダックスの代表取締役である志太勤一氏がオイシックス以外の協業提案は撤回され、又は真摯な提案ではないことが判明したと報告した(※)。

(※)重要な認識の相違だと考えられるが、シダックスは、かかる撤回等を行ったのはアライアンス候補Bのみであり、アライアンス候補Aによる提案は撤回等はされていないと主張している。

・2022年8月30日、オイシックスがユニゾンが保有する株式の取得を目的として公開買付け(「本公開買付け」)を開始した。

 

以上が双方当事者に争いがない事実と思われる(正確にはアライアンス候補Aの提案タイミングや提案額についてのオイシックス側の認識は不明であるが、この点はオイシックス側も争ってこないと考えられる)。これを見ると、創業家はオイシックスとくっつきたかったため、ユニゾンを追い出すために、オイシックスを使って本公開買付けを実施したのでは?と邪推したくなってしまう

シダックス取締役の反対理由

シダックス取締役の本公開買付けの反対理由は以下のとおりだ。これは反対意見表明で非常に明快に述べられている(余談であるが、反対意見表明のできは素晴らしいなと思った。論旨が明確であるし、文章も読みやすい。難癖をつけるのであれば個人的には①B.に関連して、本公開買付けは少数株主の利益に反するという点をもう少し協調してもよいと思ったが、この状況ではそこまで言い切れないと判断したのかもしれない)。

① 本公開買付けが成立した場合、フード関連事業の協業に係る公正な検討が妨げられ、本来得られるはずであった利益を当社が失う結果となるおそれがあること

 A本公開買付けの後に予定されている公開買付者と当社のフード関連事業に係る業務 提携が当 社の企業価値を向上させるものであるかの検討が、本公開買付けに先んじて必要であること

 B 当社が希望するフード関連事業の協業先に係る比較検討が未了であり、また、本公開買付け後 にかかる比較検討を実効的に行うことが困難と見込まれること

② 本公開買付けは株主の皆様の利益を害するおそれがあること(反対理由②)

A アライアンス提案が具体化する前に本公開買付けに応募した株主の皆様の利益が害されるお それがあること

B 本公開買付けにおける当社株式の取得価格は、直近の当社株式の市場価格からディスカウン トされていること

上記の理由付けについてそれぞれ簡単にコメントをしたい。

①A.について

①A.については、オイシックスの公開買付けの真の目的はフード関連事業の子会社の株式の取得であり、そうであるならば、アライアンス候補Aの提案との比較検討が必要であると主張している。これは取締役の善管注意義務に関係する大変おもしろい問題だ。

米国では、買収の状況において、被買収会社の取締役は株主に対する義務として、当該被買収会社(対象会社)をなるべく高い価格で売却する義務を負っていると考えられている(いわゆるレブロン基準)。したがって、買収提案を受けた後、対抗提案が出てきた場合、特段の理由なく、買収金額が低い方に会社を売ってしまうと、被買収会社の取締役は(旧)株主に対して損害賠償をする必要が生じる。日本においては、少なくとも現段階ではここまでの義務は裁判例上認められておらず、また、ここまでの義務は負担していないと考えるのが実務的な感覚であるが、敵対的TOBが増加している昨今では、この議論が改めて注目されている。①A.の理由付けはこれを意識したものであろう。

すなわち、仮に本公開買付けの真の目的がフード関連事業の子会社の取得であれば、アライアンス候補Aの提案を無視して、本公開買付けに賛同することは上記の取締役の義務に反する可能性がある、そのため、まずはアライアンス候補Aの提案との比較がまず必要だと主張しているのであろう。上述のとおり、日本の裁判例では米国のような義務は認められていない。そのため、反対意見ではこのことを意識してか、この点を明示していないが、取締役の善管注意義務を意識してこの主張をしているのだろう。

①B.について

①B.については、創業家が利益相反の状況に置かれていることに焦点が当てられている。すなわち、創業家は本覚書においてオイシックスとの業務提携のための最大限努力する義務を負っている、他方でシダックスの取締役はシダックスの価値を最大化する義務(又はそれに類似する義務)を負っている可能性があり、その場合はアライアンス候補Aを優先すべき場合がある。したがって、創業家かつ取締役は、アライアンス候補Aの提案がオイシックスの提案を上回っている場合、袋小路に陥ってしまうリスクがある。この主張も納得感があるものだ。

②について

②については、想定はされていないが、理論的には一般株主も応募可能であるので、一般株主が応募すべきでない理由を述べている。②A.については、アライアンス候補Aのアライアンス案公表後の方が株式が上昇する可能性があるので、このタイミングで応募すべきでないこと、②B.については、ディスカウントTOBなので応募すべきでないことが述べられている。

まとめ

実際のところは創業家との争いなので反対以外の選択肢はなかったように思うが、反対意見を読んでいると、少しリモートではあるが取締役の義務との関係で反対意見を出す理由も首肯できなくもない。特に主に社外取締役で構成されている取締役会での判断であるため、この点を強く意識することは致し方ないところであろう。

ユニゾンが主張するインサイダー取引の該当可能性

本公開買付けはディスカウントTOBであり、ユニゾンの保有する株式の取得を目的としているので、シダックスと同じくらい又はそれ以上に、重要なのはユニゾンの対応だろう。

ユニゾンとしてはかなり悩ましい立場に置かれていると考えられる。ユニゾンとしてはアライアンス候補Aとの業務提携が望ましいと考えるだろうが、他方で創業家からは株式売却請求を受け、契約上株式売却が義務付けられているリスクがある。さて、この株式売却請求について、ユニゾンは法律的には本公開買付けがインサイダー取引に該当する可能性があること等を理由に反対していた。さて、反対意見を踏まえて、まだこの主張が認められるだろうか。

決定の有無

最初のイシューは、アライアンス候補Aとのアライアンスについて一定の決定があったか否かだ。実務的には、インサイダー情報に該当する事実になるには、機関決定までは必要はないが、実質的には決定に至っていることが必要と考えられている。本件では、アライアンス候補Aからの提案はあくまで法的拘束力のない初期的提案である。提携先をオイシックスにするかアライアンス候補Aにするかで揉めていることからわかるとおり、これについて少なくとも機関決定は行われていないし、実質的な決定がなされているかはかなり疑わしい。したがって、そもそもインサイダー情報に該当するかは相当程度不明確である。

撤回の有無

インサイダー情報に該当するとしても、アライアンス候補Aのアライアンス提案の撤回の有無も問題となる。前回のエントリーでも書いた通り、仮にアライアンス候補Aのアライアンス提案が既に撤回されているのであれば、かかるアライアンス提案はインサイダー情報に該当しなくなる。反対意見によると、アライアンス候補Aのアライアンス提案は撤回はされていない可能性がある。そうであれば、オイシックスの主張が大きく揺らぐのであるが、オイシックスが強気で本公開買付けに踏み切ったことからすると、8月19日の取締役会の議事録ではアライアンス候補Aの提案も撤回等されているような記載ぶりになっているのであろう。現在の開示資料からでは判断しかねるところであり、この点の事実認定は最終的には裁判所の判断に委ねられる。

公表の有無

最後のイシューは「公表」に該当するかだ。インサイダー取引の対象は「未公表」の重要事実であるので、逆に言うと、「公表」すればインサイダー取引の対象にはならない。しかし、この「公表」は法令上一定の形式によるものである必要がある。具体的には、対象となっている上場会社が①報道機関に対して事実を公開した場合、②適時開示をした場合、及び③有価証券届出書、有価証券報告書、臨時報告書等を開示した場合がそれに該当する(金商法166条4項)。今回公表されたシダックスによる意見表明にはアライアンス候補Aとのアライアンスの内容に言及されている。したがって、②の場合に外形的にはあたるのである。

ただし、インサイダー取引の対象から解除されているためには、単にその事実に言及するだけでは足らず、一般投資家の投資判断に影響を及ぼすべき事実の内容がすべて明らかにされる必要があると考えられている。具体的にどこまで書けばよいのか、という点は法令上明らかではないのであるが、反対意見表明では、アライアンス候補Aの具体的な名前も、買収価格も明示されておらず、感覚的にはこれでは必要な情報の開示があったといえないように思える。

小括

上記を踏まえると、裁判所がインサイダー情報に該当するという判断をすれば、「撤回」も「公表」もされていないので、ユニゾンは売却義務を負わないという結論になる可能性がそれなりにありそうだが、そもそもインサイダー情報に該当しないと裁判所が判断する可能性も十分あり、その場合、ユニゾンは契約上は売却義務を負うことになる。

今後の見通し

上記を踏まえると、反対意見を踏まえても、ユニゾンの旗色はよくなく、創業家がユニゾンに対して売却の義務付け、及び/又は損害賠償請求を提起する可能性、かかる訴訟において敗訴する可能性は十分にあると考えられる。したがって、ユニゾンとしては売却するか、かなり悩ましい立場にあると思われるが、シダックスが反対意見を出している以上、売却するという判断をすることはないだろう(ユニゾンは売却請求に応じない理由として、インサイダー情報に該当することに加えて、シダックスが賛成しない公開買付けには応募できないこと、をあげていた)。

したがって、今後の展開としては、創業家はユニゾンに対して訴訟を提起する可能性が高い。創業家がユニゾンに対して売却の義務付けを保全を申し立てた場合、法律的に興味深い論点がいくつかある。

例えば、執行方法だ。創業家が勝訴した場合、もちろんユニゾンが自ら応募することもあり得るが、それをしない場合もある。その場合、どのような形でユニゾンが保有する株式を本公開買付けに強制的に応募させるのかは悩ましい問題がある。マニアックな問題なので詳細は割愛するが、本件は株式譲渡の意思表示+応募行為の2つが必要になるが、特に後者については間接強制以外に手段がなく、間接強制をしてもユニゾンが応募行為をしなかった場合にどのように対処するのか、また、仮に公開買付期間が終了してしまった場合はどうするのか、といった問題が生じるように思う。

他にも公開買付の期間についても検討する必要があるだろう。例えば、保全の裁判期間が公開買付けの開始から60営業日を超えたしまった場合、どのように対処するのか?公開買付届出書の訂正の方法により、公開買付期間が事実上延長するという方法をとるのか、それともいったん辞めるのか、と興味深い論点が尽きない。

終わりに

今回の反対意見により、ユニゾンは応募しない以外の選択肢はなくなっただろう。そうなると、法廷闘争まで発展する可能性がある。本件のきな臭さが強まってきたが、売却の義務付けの法廷闘争になった場合、興味深い論点も山積しているので、今後もこの案件はウォッチしていきたい。