ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

秘密保持契約における目的外使用その2:情報の色付けの可否について

 

はじめに

今回は前回に続く秘密保持契約(NDA)に関するエントリーである。

前回の記事はこちらから:

 

businesslaw-diary.com

さて、前回の記事は目的外使用について記載したが、今回は情報は色付けできるか?という点について検討してみたい。

 

前回の例で考えてみよう。前回は、A社のM&Aを検討した金融機関の審査部の担当者が、後日、別の商取引(コーポレートローン?)の審査をする場合を検討した。この場合、ウォールを敷いて別の担当者が担当すればよいのではないか、という考え方を示したが、一見これは正しいように思うが、これはある前提に基づいていると思う。情報が色付けできるということだ。前回と同じような例で考えてみよう。

 

甲乙Aの例

 

例えば、金融機関甲の担当者Xは投資会社乙が行うM&Aに対する融資を検討する際に甲との間でNDAを締結した。

甲-NDA(甲乙)-乙

 

担当者Xは、かかるNDA(甲乙)に基づき、乙からA社の直近の財務情報を取得した(本財務情報)。本財務情報によるとA社の業績は急激に悪化しており、これに基づきXは乙に対する融資を中止した。

 

その3か月後、甲の担当者YはA社からコーポレートローンを直接依頼された。YはA社とNDAを締結し、Yも本財務情報を取得した。

甲-NDA(甲A)-A

 

Yも、Xと同様、A社の業績を懸念しコーポレートローンを断った。

 

この場合、いずれも本財務情報を使用しているものの、乙に対する融資を断ったXとコーポレートローンを断ったYは異なるので、一見問題ないように見えるものの、甲という主体で考えるとどうだろう?甲は、本財務情報は乙に対する融資にしか使用してはいけないにも関わらず、Aに対する融資を断っている。NDA(甲乙)の観点からいえば、これは目的外使用に該当してしまうのではないか?

 

NDAの前提

 

多くのNDAでは、目的外使用が禁止される秘密情報は、「情報開示者が情報受領者に対して開示した情報」といった形で規定されている。この規定は、情報開示者が開示していない情報であれば、同じ情報を第三者から入手した場合であっても、目的外使用が禁止される秘密情報に該当しない、と読み込むこともできそうである。したがって、情報には色が付けられることを前提にした規定とも読める。

 

他方で、多くのNDAでは、「第三者から秘密保持義務を負担せずに取得した情報」については、目的外使用が禁止される秘密情報に該当しないとしている。この例外規定の趣旨は、情報受領者が秘密保持義務を負担せずに取得した情報を自由に使えるようにするためと考えられており、これ自体は正当であろう。しかし、これは逆に言うと、第三者から秘密保持義務を負担「して」取得した情報は、目的外使用が禁止される情報に該当するということになる。この例外規定まだ読むと、通常のNDAが情報には色が付けられないことが前提となっていると言えるだろう。

 

しかし、これを前提とすると、上記の事例では、上述のとおり、甲は、NDA(甲A)に基づきA社から取得した本財務情報は、NDA(甲乙)上では目的外使用が禁止される情報にあたるということになり、これをA社のコーポレートローンを検討した甲はNDA(甲乙)を違反したことになるという結論になってしまう。これはいかにも具合が悪い結論であるが、巷にあふれているNDAはこの問題は見過ごされているように思われる。

 

解決の方向性

 

当事者の合理的意思解釈という視点で考えると、今回の例でいえば、乙は、甲がA社から本財務情報を取得し、それをコーポレートローンに使用することを禁止する趣旨ではないと考えている可能性が高いし、甲としてもそのような使用が許されていると考えているだろう。この背景には、情報は色付けすることができるというという考えがあるようにも思われる。したがって、一つの解決の方向性としては、NDAにおいて情報が色付けできることを前提とした形にする、具体的には、第三者から取得した情報は秘密情報に含まれない、としてしまうということが考えられる。

 

しかし、情報開示側からすると、これはあまりにも例外が広く一抹の不安が残る。やはり情報は色付けができないことを前提にしつつ、一定の落としどころを探るのが筋がいいだろう。例えば、目的外使用の禁止に以下のような但し書きを加えるのどうだろうか?

ただし、この規定(目的外使用の禁止)は、第三者から秘密保持義務を負担して取得した情報を、当該取得の目的のために使用することを妨げるものではない。

やはりNDAといえど奥が深い。言葉でルールを規定する以上、どこかで曖昧さや不具合・不都合が生じる。これが法律の難しいところであり、おもしろいところだ。

 

今回紹介した問題は、私の中ではかっちとした結論は出ていないところなので、是非皆さまの意見が聞きたいところである。