ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

秘密情報の目的外使用を遵守することの難しさ

秘密保持契約、通称NDA(Non Disclosure Agreement)は企業法務の世界では初歩の初歩で、私も若いころは千本ノックのようにNDAのレビューをしていた。しかし、年次があがるにつれて、NDAは若い人に任せてしまっており、実はここ数年は真面目に検討をしていなかった。私と同じくらいの期の弁護士はどうなのだろう?まだNDAも手を動かして見ているのだろうか?そんなこんなで少しNDAと離れていたが、前のエントリーにも書いたとおり、うちの事務所にも久しぶりの新人弁護士が入ってきたため、私も久しぶりに新人弁護士とNDAを検討した。今日はそんなNDAの話だ。

(前のエントリーはこちら。ちゃんと弁護士会に連絡して名簿登録しました。)

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NDAには必ず目的外使用の条項が入る。例えば、M&Aを検討するために開示された情報は、かかるM&Aの検討のためにしか使わない、というものだ。趣旨としては納得できる。目的外使用により不測の不利益を被ることを防止するためであろう。ご存知のとおり、M&Aではデュー・ディリジェンスといって、M&Aの対象となっている会社の詳細な情報が開示される。その中には会社の財務情報や紛争状況等々、対象会社が不利な情報も多く含まれる。例えば、この買主が、このM&Aとは別に、対象会社と長年の取引関係にある場合、これらデュー・ディリジェンスで開示された情報を、対象会社との商取引のために使われてしまったら、取引の停止等の不足の損害を対象会社が被ってしまうリスクがある。

では、一般論としてはこれが成り立つとして、金融機関のような多数の情報が集まる企業は本当にこの条項を応諾してもよいのだろうか。金融機関だと審査部が特に問題になるかもしれない。上記の例でいえば、本来的にはウォールを引いて、対象会社に対するM&Aを審査した者が、別の商取引の審査をしないようにすべきなのだろう。しかし、審査部は極めて多数の融資を審査する部署であり、そのようなウォールを敷いてしまうと、実務が回らないという事態に陥ってしまうのではないか。また、金融機関は多数の取引先とNDAを締結して情報を取得すると考えられるから、そのようなウォールを立て始めると際限がなくなってしまうという問題があるかもしれない。

実際に、A社のM&Aの審査をした担当者が、A社との別の取引(例えば、通常のコーポレートローン)の審査をする場合を考えてみよう。当然、その担当者はM&Aのときに使用した情報を直接的には「使用」しないようにするはずだ。しかし、そうだとしても、M&Aのときに使用した情報は多かれ少なかれ担当者の心象に影響を与えてしまうのではないか。もちろん濃淡の問題であるが、このような場合は全く問題がない(目的外使用ではない)、と言い切るのは少し不安がある。心象に影響を与えてしまっている以上、方法を無意識的に「使用」したという主張も全く筋がないというわけではないからである。また、この問題が表面化するリスクの程度を考えてみても、M&Aも実らず、コーポレートローンの審査に落ちてしまったら、いわば逆恨みでA社が上記のようなクレームをしてくるリスクは否定できないように思われる。

したがって、このような場合には、目的外使用の禁止について実はなんらかのカーブアウト文言を入れた方がいいのかもしれない。

目的外使用の禁止という当然の条項でも、実はリスクが潜んでいることがある。そのような事案に応じたリスクを指摘するのが弁護士の役割であり、クライアントへの価値提供ができる部分なのであろう。