ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

13兆円の損害賠償の行方 - 東電旧経営陣が負う経営責任③

昨日のエントリーの続き:

 

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今日は、5.会社との間の補償契約について考えてみよう。会社との間の補償契約とは、(1)取締役の訴訟等対応費用、又は(2)取締役が第三者に対して支払う損失額や和解額を会社が負担する約束のことである。一見、なぜ会社が取締役の訴訟等対応費用や損害を肩代わりする必要があるのか、と思うかもしれないが、上記のとおり取締役の責任は大きくなることがあるので、取締役のリスクをとった経営判断を可能とし、それにより会社に利益をもたらすことができる仕組みが必要となる。この仕組みの一つとして、この契約が必要な場合があり、その点に補償契約の経済合理性が認められる。

補償契約の内容は個々の契約ごとにより異なっており、したがって、補償対象も個々の契約によって異なっている。しかし、補償対象が過度に広がることを防止するため、会社法は(1)通常要する費用を超える訴訟等対応費用(なお、訴訟等対応費用については通常要する費用の範囲内であっても、自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的とするときは会社は補償金の返還を求めることができる(会社法430条の2第3項))や(2)取締役が悪意又は重大な過失がある場合における損失・和解金の負担は補償契約の対象とすることを禁止している(会社法430条の2第2項)。

では、東電における補償契約はどうなっているのか。これを知る方法はないのか?この点、会社と取締役が補償契約を締結した場合、かかる概要を事業報告に記載する必要があり(会社法施行規則121条第3号の2)、東電についてもその内容を確認することができる。東電の事業報告には、補償契約について以下のとおり説明している。

3.補償契約の内容の概要

当社は,会社法第430条の2第1項に規定する補償契約を取締役及び執行役全員との間で締結し,同項第1号の費 用及び第2号の損失を法令の定める範囲内において補償することとしております。ただし,当社が各取締役又は各執 行役に対して責任追及等を行う場合(株主代表訴訟による場合を除きます。)の費用等については当社が補償義務を 負わないこととするとともに,各取締役又は各執行役がその職務を行うにつき悪意又は重過失があったことが判明し た場合等には当社が補償金の返還を請求できることとしております。

引用:https://www.tepco.co.jp/about/ir/stockinfo/pdf/220526_1-j.pdf

この規定によると、会社法上の制約を超えた制約としては、会社自身が訴訟当事者となる場合を広く補償対象から外していること、訴訟等対応費用についても悪意又は重過失があった場合には広く補償金を返還できるとしている(会社法の原則では訴訟等対応費用については自己図利目的又は加害目的がある場合にのみ会社は返還請求できる)ことの2点を挙げることができる。

これを前提に今回の件を見てみると、まず13兆円という額であるが、これは取締役が会社に支払う額であり、「第三者」に支払うものではない。したがって、補償契約の対象とはならない(補償契約の対象は取締役が「第三者」に支払う損害又は和解金に限定されている)。そうなると、対象となり得るのは訴訟等対応費用についてのみであるが、これも上記のとおり「悪意又は重過失がある場合」には補償の対象とならない。昨日のエントリーでも触れたとおり、東京地裁の判決を前提とすると旧経営陣の「悪意又は重過失」ではないというのは難しいように思えるためである。

したがって、補償契約をもってしても取締役の防御としては弱いように見える。そこで、最後の砦となるのが役員等賠償責任保険契約であるが、この辺りで力尽きたので、この点は明日また書くことにしたい。

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