ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

司法修習生は何を勉強すべき?総論編

最近話題になっている修習生は何を勉強すべきという質問に対する私なりの回答について少し書いてみたい。修習生時代なんて(遠い目…)という感じではあるが、実務に怯えていた当時の自分を思い出し、当時の自分にかけてあげたい言葉を考えてみる。

まず、印象論にすぎないが、リーガルマーケットの現状認識について話したい。まず、街弁な仕事(一般民事、刑事、行政事件)の仕事の需要はどうなっているだろうか?これはあまり変わっていない、体感としてはもしくは減っているような気もする。司法統計の近年の傾向を見ると、裁判所に係属した事件数は2003年の6,070,201をピークに基本的に右肩下がりである。例えば、新司法試験が開始された2006年には5,074,097まで下がっており、直近5年の数字は約350万件に落ち着いている。これはピーク時の半分に近い数字だ(2003年は働いていなかったので、このときと比較したときの事件数の肌感覚は私は持ち合わせていない)。

年次

全事件数

平成27年

3 529 852

平成28年

3 575 743

平成29年

3 613 870

平成30年

3 622 535

令和1年

3 558 317

引用:https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/544/011544.pdf

もちろん裁判の事件数と街弁的な仕事の量は因果の関係にあるわけではないが、相関関係はあると考えられる。他方で、ご存知のとおり、新司法試験の導入により法曹の数は増え続けている。需要が減り(もしくは変わっておらず)、供給が増えているという典型的な競争激化の状況だ。新司法試験導入時は、法曹が増えれば、仕事も増えるという楽観論がまことしやかに述べられていたが、それは少なくとも街弁的な仕事については楽観論にすぎなかったといえるだろう。そして、需要が少ないというこのトレンドは人口減社会を考えれば、長期的に続くことは必至だろう。

では、企業法務についてはどうだろうか。これは少しずつであるが伸びているという印象を受ける。複雑化する法規制、国境を超える取引、M&Aのような大規模取引の日常化、コンプライアンス強化等々リーガルマーケットを広げる要素はたくさんある。これは世界全体のリーガルマーケットの話であるが、2021年から2027年の期間において毎年4.4%の成長が期待されているというレポートもあるようだ。

prtimes.jp

しかし、将来はバラ色かというとそうでもない。企業法務のキャッシュ・カウは、M&A、独禁法対応、大規模倒産対応、危機管理対応とここ十数年は次々と発見されてきたが、ここ数年は新たなキャッシュ・カウを見つけられていない。規制の複雑化、大規模案件の恒常化により少しずつ企業法務の需要は増えているが、大きく儲けることが難しくなっている。より若手にとって問題なのは、企業法務のメイン・プレイヤーの高齢化だ。日本の法律事務所は定年制があるところ少なく(一部の四大事務所や外資の事務所は定年制があるようだが、どうやら引退して独立という方も多く、多かれ少なかれ依頼者はそちらについっていってしまうこともあるようだ。)、弁護士側の新陳代謝が起こっていないように見える。

したがって、リーガルマーケットの全体感で言うと、一般民事は減少傾向、企業法務は微増傾向だが、供給面は増加傾向であり、競争が激化している。特に若手は厳しい環境にあり、一般民事は飽和状態、企業法務は需要はあるものの弁護士間の新陳代謝が進んでおらず、古くからのクライアントがいる大先生は売上を伸ばしているが、若手が新しくクライアントを獲得することは難しい状況にある。

以上が現役弁護士が感じているリーガルマーケットの肌感覚である。ツイッターを見ていると、牧歌的なアドバイス(たくさん遊べ、今しかできないことをしろ等々)が並んでいるが、それはいいタイミングでリーガルマーケットに入り成功した先人の教えであり、これを鵜吞みにするのはお勧めできない。

修習生の皆さんが考えるべきは、一人の弁護士として、この厳しいリーガルマーケットをどうサバイブして、そして成功するかを真摯に考えることだ。

さて、そのために具体的に何が必要か、と考えると、、、、誰も分からないというのが正直なところだろう。リーガルテックの発展、気候変動、規制強化、人口動態等不確定要因が多すぎて、これをすれば絶対大丈夫!という、確信めいたアドバイスは誰もできない。スキルセットレベルで長期的に何が必要というのを言い当てるのは中々に難しい状況だ。そうなると、考えるべきは必要なスキルではなく、資質の問題になるが、この答えについては10年以上弁護士をして確信めいたものを持っている。それは、学び続ける姿勢だ。法曹で成功している人を見ると、おしなべて(驚くほどの)勉強家である。これは法律に限らず、知識の幅と深さがある人が成功していることを強く感じる。したがって、修習生が修習中に身に着けるべきことは「勉強し続ける」習慣であろう。

司法試験の名残もあるので、修習生にとって、勉強することは当たり前かもしれない。しかし、これが実務になると大きく変わる。ストレスが増えるからか、忙しいからか、実務に出ると、(若手にしては給料が多いので)暇があれば飲み明け暮れ(人によっては打つ買うでも散財し)、みるみるうちに体型が変わっていく人を多く見る。

実務に出て勉強すればよい、というアドバイスを目にすることがあるが、これは半分正解で半分間違いだ。すなわち、実務に出て、目の前の事案の解決に必要なことは誰でも勉強する。ここでは差はつかない。差がつくのは、目の前の仕事に直接関係ない勉強を、仕事をしつつも継続して続けられるかどうかだ。これをできている人は本当に少ないし、これができている人が成功している。なにも司法試験受験生の頃のように、1日10時間程度勉強しろ、といっているのではない。毎日数十分の勉強を1年、2年、3年、4年…と続けられるかが重要なのだ。

大事なのは、他の弁護士と違いを作り出すことだ。したがって、何を勉強するかは問題ではない。法律以外のことを勉強しても全く問題ない。重要な事は勉強を続けることだ。そのためには、好きこそものの上手なれ、であり、自分の好きなことをするのが一番だ。英語が好きな人は英語を勉強すればいいし、テック周りの最新の話題に興味ある人は最新話題を勉強すればいい。M&Aに興味があれば、会計やバリュエーションを勉強するのもいいだろう。司法修習では、好きなものを見つけ、そして、どんなに忙しくて(2回試験の直前でも1日10分はそのことを勉強する時間は見つけられるはずだ)もそれを勉強する時間を作る、これを習慣化するのが修習時代で一番大事だ、と私は考えている。

さて、これを踏まえても、お前なら何を勉強するんだ?という声が聞こえてきそうだ。この件については、毎年アップデートするのもおもしろいと思うし、あまりに長くなってしまいそうなので、明日以降エントリーで書くことにしたい。

もう一つ、修習生に伝えたいのは、人とのつながりを大切にするということだ。弁護士の仕事はお客様ありきだ。お客様が仕事を運んできてくれる。お客様は信頼関係をベースに依頼をしてくれる。したがって、多くの人と信頼関係を作っておくことが重要だ。ただ、これには向き不向きが色濃くでる分野で得意な人もいればそうでない人もいる。得意な人は勝手に知り合い・友人が増えていくので、全く心配していない。このエントリーでは、それでもこれが重要だと、自分のような内気でシャイな修習生に伝えたい。

上に書いたことと矛盾するが、友人作りが得意ではない人は無理に交友関係を広げる必要はない。あなたがいい仕事をしていれば、お客さんはリピートしてくれるし、弁護士一人が生きていく上ではそこまで多くのお客さんは必要ない。それでも人とのつながりを大事にして欲しいと思う。これはもう弁護士のキャリア論を超えた話になってくる。仕事をし始めると大きく変わることの一つは、勉強をしなくなることと、友人ができなくなることだ。よく言われていることだし、実感もなかったので、私も働くまでは嘘だと思っていたが、これは本当に本当だ。働きだすと、日々の業務に忙殺され、どうしても友人関係の優先順位が落ちてしまう。仕事と家族だけで手いっぱいになってしまう。

仕事で出会う人と本当に打ち解けるのは難しい。これは弁護士という職業がそうさせている面もあると思う。「本当は仕事でわかんないことがあって不安なことも大きいんですよ」と、弁護士が依頼者に腹を割って話せるだろうか?仕事をとるために、芯の芯のことは話せないことが多いのだ。法曹同士というのも実はやっかいだ。同じ業界だと比較もしやすく、勝ち負けが分かってしまう。10年も法曹をしていれば、その辺りが分かってしまうので、法曹同士で話すとどうしても色々な感情が湧いてきてしまう。家族がいるではないか、という人もいるが、家族に話せない話はたっくさんある。例えば、売上が低くて困っているとき、家族には心配させないようにして本当のことは誰も話さないだろう。

なので、心から腹を割って話せる友人の効用は本当に大きい。これが楽しい人生とそうでない人生を分けると言ってもいい。具体的に働き始めた後のことを想像してみて欲しい。弁護士の仕事は基本的にあまり変わらない。平日はデスクの前で資料を見て、裁判所に行って、夜遅くまで働く。休日は家族と時間を過ごして、平日のためにいつもより少しだけ多めに寝て、この繰り返しだ。この繰り返しのなかで心から楽しいと思える瞬間を作るのが本当に重要になる。そのために友達は絶対に必要だ。少人数でいい。法曹以外の人でもいい。地元の連れでもいい。親友と呼べる人を是非見つけて欲しいと思う。

以上が私が考える修習生に対するアドバイスだ。弁護士を10年以上続けてきた思いの丈をこのエントリーにぶつけてみた。おっさんの戯言だと冷笑してもらっても構わないが、少しでもタメになる部分があったら明日からの行動に少しでも反映してもらえると嬉しい限りであろう。

ただ、総論すぎて多くの人の毒にも薬にもならないエントリーだったと思うので、明日以降のエントリーは具体的でもう少しタメになるエントリーにしたいと思う笑