ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

JIPによる東芝に対する公開買付けに関する契約の雑感②

 

大分時間が経ってしまったが、JIPの東芝に対する公開買付けについて筆を進めていきたい。

 

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4.表明保証

 

表明保証についても予告プレスには記載されている。JIP側の表明保証は通常のM&Aにおける買主側の表明保証と同様、ライトなものになっている。特筆すべきは東芝側の表明保証であろう。東芝側の表明保証は以下のとおりだ。

 

本公開買付契約において、…当社(筆者注:東芝)は、

①設立、存続及び権限の有効性、

②本公開買付契約の締結及び履行に必要な権利能力及び行為能力、

③本公開買付契約の有効性及び強制執行可能性、

④本公開買付契約の締結及び履行についての法令等との抵触の不存在、

⑤反社会的勢力との取引・関与の不存在、

⑥倒産手続の不存在、

⑦有価証券報告書の正確性、並びに

⑧当社が公開買付者に開示した一定の情報の正確性

について表明及び保証を行っております。

 

記載から見て分かるとおり、表明保証の内容は非常に限定的なものとなっている。

 

通常のM&Aでは、いわゆるファンダメンタルRepと呼ばれる表明保証とビジネスRepと呼ばれる表明保証がなされる。前者については、その名前のとおり、取引の根幹をなす基礎的な事項に関する表明保証であり、具体的には会社の有効な設立、契約の有効な成立等である。後者は、対象会社の事業に関する表明保証であり、具体的には、例えば、法令順守、契約不履行の不存在、訴訟・紛争の不存在等々が挙げられる。

 

通常のM&Aでは、後者のビジネスRepが表明保証条項が「肝」となる。なぜならば、通常ファンダメンタルRepについては問題ないことが多くあり(問題があった場合でも他の条項等で何らかの手当てがされる)、リスクの分担と情報開示という表明保証の機能が発揮されるのはビジネスRepだからである。しかし、東芝の案件においてはこのビジネスRepがすっぽりと抜けている。

 

考えられる可能性としては、買主が十分にDDを実施することができ対象会社の事業について一点の曇りもないか、売主の方が交渉力が強くビジネスRepを一切受け入れられないという主張を買主側が応諾せざるを得なかったかであるが、、前者は実務上まずありえないので、後者(売主の交渉力が非常に強かった)が実際のところなのだろう。

 

他方、東芝の表明保証として情報開示の正確性の表明保証(⑧)がされている。この表明保証が売主に応諾されることはまずない。なぜならば、DDでは大量の資料が開示され、その資料の全てを細部にわたるまで売主がチェックすることは困難であるため、提出した資料が全て正確であることを表明保証するのは高いハードルがあるからである。しかし、東芝はこの表明保証を受けている。

 

これは私の想像にすぎないのであるが、JIPはビジネスRepを一切要求しない代わり、この情報開示の正確性に関するRepを要求し、東芝がこれを受けたのであろう。JIPとしては、開示された情報が正確なのであれば、東芝の実像は自分達がDDで知った東芝像は一致しているはずであり、ビジネスRepは不要と整理したのではないだろうか?

 

5.取引保護条項

 

取引保護条項とは、公開買付けの案件で付されることがある条項であり、主に米国で発展した条項である。公開買付けになると、いわば対象会社はon saleであることが市場に知れ渡る。その結果、公開買付けの発表後、意図せぬ第三者から買付提案を受ける可能性がある。このような買付提案を受けた場合に、対象会社側が元々の買主側に有利になる方向で動くよう義務付けるのが取引保護条項である。

 

ここで「有利になる方向で」で少しぼやかした記載にしたのは、対象会社の善管注意義務と関係している。すなわち、必ず元々の買主を実行しなければならないと義務付けてしまうと、対象会社の取締役の善管注意義務に違反する場合があるのである。例えば、元々の買主の提案価格が100円、意図せぬ第三者からの提案価格が1000円だった場合、少数株主は意図せぬ第三者からの提案を好むであろう。それにも関わらず、対象会社の取締役が少数株主の利益を鑑みずに100円の提案(元々の買主の提案)を優先することは、対象会社の取締役は善管注意義務に違反するのではないのかと議論されているのである。

 

米国では上記の場合は善管注意義務違反になると考えられているが、日本では必ずしも善管注意義務違反にならない(価格だけでは違反か否かは断言できず状況次第)と考えるのが実務感覚であり、東京高裁も似たような判断をしている。

 

さて、本件における取引保護条項は以下のとおりだ:

 

また、本公開買付契約においては、当社は、自ら又は第三者を通じて、競合取引に関する交渉等の一切を行わず、又はその子会社をして行わせてはならないものとされており、当社が競合取引に関する申出を受け、又は、その子会社が申出を受けたことを認識した場合には、直ちに、公開買付者に対して、その旨及び当社が認識する限りの合理的な範囲 で当該申出の具体的な内容を通知し、公開買付者とその後の対応について協議するものとされております。

なお、当社が競合取引に関する交渉等の禁止に係る義務に違反することなく、公開買付者以外の者が本対抗提案を行った場合には、(i)本公開買付けが成立する前に限り、本対抗提案を行った者との間で、本対抗提案に関連した協議、交渉、情報提供、当該提案に対する応答を行うことは妨げられないとされており、また、 (ii) 当社は、(x) 本賛同意見を維持することが当社の取締役の善管注意義務違反を構成する合理的な可能性がある旨の外部弁護士の意見書の提出を受けること、 (y)本対抗提案の受領及び当該意見書の取得について直ちに公開買付者に通知し、当該通知後5営業日後の日又は本公開買付期間の末日の5営業日前の日のいずれか早い日までの間、本取引に係る再提案の機会を与えるために直ちに公開買付者と誠実に協議すること、及び、 (z) 当該協議の結果、公開買付者が、本対抗提案が提示する公開買付価格を超える価格に引き上げる旨の再提案を行わないことを条件として、本賛同意見の変更又は撤回を行うことができるものとされております。

また、当社が本賛同意見の変更又は撤回を行った場合、当社又は公開買付者は本公開買付契約を解除できることとされており、これによって本公開買付契約が解除されたときは、公開買付者は、 ブレークアップ・フィーとして、当社から20億円を受け取ることができるものとされております。

 

非常に長いので簡単にまとめると、「競合取引は原則として禁止だが、例外として、(x)JIPとの取引を継続するが取締役の善管注意義務違反となる可能性があるという意見を弁護士から取得し、(y)JIPに対して再提案をする機会を与えたにもかかわらず、(z)JIPが再提案をしなかった場合は、競合取引を優先してもよい」とされている。また、「東芝が競合取引を優先した場合、JIPは契約を解除したうえ東芝に20億円を請求できる」という規定になっているようである。

 

この規定自体は日本における一般的な取引保護条項であるが、JIPの再提案期間がたった5営業日しかないこと、ブレークアップ・フィーが20億円になっていることから、東芝の交渉力の強さが伺える。

 

6.終わりに

 

各条項に東芝の交渉力が強いといった言及をしたが、これは不適切であり、むしろJIPがリスクをとって本件を取りに行ったと見ることができるかもしれない。報道によると、11月頃から対抗馬はいなくなっていたはずなので、JIPとしてはもっとごねることができたはずであろう。それにもかかわらず、東芝に有利な条件を飲んでいるということは、本件取引を採りに行くというJIPの執念の現れかもしれない。

 

JIPは日系企業10数社と交渉して、数千億円という単位のお金を集めたという報道もあった。このことから考えても、このディールはJIPの執念の賜物なのかもしれない。