ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

乱文:ChatGPTと弁護士業務

X社に勤める3年目の法務部員Aは、出勤してパソコンを立ち上げると、営業部のBからY社との間でX社の製品に関する売買契約を締結したい旨のメールが来ていた。どうやら今回の売買契約は、継続的な契約であり、また、売買価格も固定額ではなく、原料甲の価格に2割を上乗せした価格になっているようだ。X社には単発かつ固定額の取引しか実績がない。しかし、Aに焦りの色は見えない。X社用にカスタマイズしたChatGPTにドラフトをお願いすれば、5分とかからず正確なドラフトがあがってくるのだ。後はそれを確認し、修正が必要なところを修正してBに送ればいいだけだ。ChatGPTに売買契約の作成の依頼をしたとろころ、今度は広報のCからX社の社員がSNSで炎上しているので法的な問題点及び対応策のベストプラクティスを教えて欲しいとの連絡がきた。X社で社員が炎上するのは初めてだ。しかし、ここでもAに焦りの色は見えない。ChatGPTに聞けば答えはすぐ返ってくるからだ。あとは返ってきた答えを確認し、法律用語をCにも分かるように直したうえで、回答してあげればいいだけだ。

 

これが5年から10年後の(上場企業の)法務部の一般的な姿であろう。このような世界観になったときに弁護士は必要なのだろうか。私としては弁護士が必要と考えているが、理由は以下のとおりだ。

 

まず第一の問題として、ChatGPTの回答の正確性を担保する必要があるからだ。今のChatGPTを使うと分かるとおり(また、存在しない論文が引用されていたという声が聞こえてくるとおり)、ChatGPTはかなりの精度を誇っているものの、まだまだ完璧とは程遠い。ChatGPTの回答はとっかかりとしては大きな意味を持つが、その回答の正確性を担保するため弁護士に確認する必要があるだろう。

 

また、ChatGPTの技術面に詳しくないが、これまでのDeep Learningの延長線上の技術を使っているのであれば、推論は苦手であるはずである。したがって、「あるある」の問題(個社にとっての「あるある」ではなく、世間一般にとっての「あるある」)を解決するには大いに力を発揮するが、未知の問題、学説・判例ともに固まっていない問題については人間の能力の方が高いはずである。今日の弁護士業務を見ても、上場企業からの質問の多くはいわゆる未知の問題であり、「答え」が明らかな問題は少ない。上場企業からすると、「あるある」の問題は社内のリソース(社内弁護士を含む)を使って解決できているのであり、わざわざ外部の専門家を使う必要がないからだろう。

 

このことからもChatGPTが弁護士の仕事を「奪う」ということはない(あるとしてもその範囲は限定的)だろう。他方で、ChatGPTは法務部の仕事を「奪う」かもしれない。法務部が日常的にしている「あるある」の仕事の多くは、ChatGPTにより代替される可能性が高いからだ。

 

かといって弁護士業が安泰化というとそうでもない。

 

ここからは今よりさらに依頼者の弁護士を見る目が厳しくなるだろう。ChatGPTが依頼者と弁護士の情報格差をこれまで以上に埋めるからだ。依頼者は主要な論点、条文、関連する裁判例、これらの情報に瞬時にアクセスできるようになる。したがって、これらの情報を知っていることは無価値になり、それらの情報をいかに事案に当てはめ、分析できるか、これが弁護士の腕の見せ所になるだろう。

 

このことはインターネットが世間に普及されていたことから言われていたことだ。しかし、今日に至っても想像以上に依頼者と弁護士の情報格差は埋まっていない。これにはいくつも理由があると思うが、一つは検索自体に技術が必要であり、必要な情報に辿りつけないことがあるだろう。しかし、ChatGPTではそのような技術は必要ない。誰でも使える「更問」を繰り返せば、簡単に本当に必要な情報にたどり着くことができるのだ。

 

また、タイムチャージで稼ぐビジネスモデルではこれまでのような成長はできないだろう。弁護士業務で最も時間を使うのはリサーチとドラフトであるが、これらはいずれもある程度はChatGPTで代替することができる。弁護士が業務に必要な時間は大幅に削減されるはずだ。

 

例えば、上記であげたSNSでの炎上の法的問題とベストプラクティスを調べようとしたら、法的問題を調べるのに2-4時間、ベストプラクティスを調べるのに同じく2-4時間くらいは平気でかかるだろう。全体で10時間弱の稼働になり、1時間2万円のタイムチャージであれば20万円だ。これがChatGPTに聞いて、その裏どりをするだけなので、3分の1又はそれ以下の時間で解決できるだろう。

 

楽観シナリオも考えられる。誰もがChatGPTで法的問題を発見することはできるので、弁護士の相談が増えるというものだ。しかし、わざわざ弁護士に聞く人が増えるとはあまり考えられないだろう。したがって、タイムチャージで稼いでいるいわゆる企業法務系の弁護士事務所は、タイムチャージ制を維持する限り、これまでのように売上を伸ばすことは難しいだろう。

 

では、このような事務所の次の一手は何であろうか?私個人としては、単価をあげるかしかないと思う。逆に我々の付加価値を積極的にアピールする(すなわち単価をあげる)いいチャンスと捉えることもできる。依頼者と弁護士の情報格差がなくなり、ChatGPTの回答という一つの基準ができるため、依頼者も弁護士の能力をより客観的に評価できるようになるだろう。素晴らしいサービスであるChatGPTを超えるアドバイスをすれば、依頼者はいかに有用なアドバイスを受けているかより強く実感し、単価が高くとも喜んで支払っていただけるのではないか?私個人としては、法律事務所の単価は、ビジネスコンサルの1時間の単価くらいまであげてもいいのではないかと思っている、

 

上記のようなサービスを提供するため、我々弁護士の日々の研鑽は欠かせないだろう。しかし、それは従前のような知識を得る形の研鑽では不十分かもしれない。常に未知の問題にチャレンジし、自分なりの答えを見つけるのが何よりも重要だ。この能力は本を読んでも身につかない。となると、日々の1件1件の案件を大切にする、という使いつくされたつまらない教えが重要なのではないか、とここまで書いて、一周回って気づかされたような気がする。

はー弁護士業務って研鑽ばっかりで辛いっすね笑